誰もいないのに、それを隠すように俯き、早足でエレベーターを目指す。

雪生って……雪生って、ああいう仕事してるからなのかな? たまに……ていうか、結構な頻度で、日常で言われることのないようなセリフを言われる気がする。
それとも、そういうのは世の中普通に言ったり言われたりしてるものなの?

熱くなってる顔を、ぱたぱたと手で仰ぎながら7階を目指す。
「ふぅ」となんとか気を落ちるけると、まだ手も掛けてないドアが勝手に開いた。


「わっ……あ! お、お疲れさまです」
「あー。やっと来た」
「え? なんかありました? 買い出しとかですか?」


パタンとドアが閉まや否や、まるで外国のように自然に雪生に包まれた。


「……いや。マイナスイオンが足りなくて」
「まっ……マイナスイオン……」


ほんの数秒、ぎゅっと抱きしめられる。そして雪生は、パッと体を離し、いつも通りの笑顔を浮かべる。


「クセになりそう、コレ」


ニコリと爽やかに笑って言うけど、すでにこっちはアップアップなんですが!

先を行く背中に穴が開くくらい視線を向けて、荒くなりかけた息を整える。
気持ちを落ち着けるために、わざとゆっくり後をついていくと、今日はリビングで仕事をしていたようだった。


「なんか、いつもの光景――って感じです」
「やっと下絵終わったからね。ペン入れは大体ここでやるんだ」
「下絵? 下書きのようなことですか?」
「え? ああ、そうそう。ここまでくれば、もうそこまで頭使わなくていいから……っていうのもあって、リビング(こっち)に移動するんだけどね」