「料理は、世界中のほとんどの人が出来るけど……雪生みたいに、それを生業としてる人は比べて断然少ないと思うし。だから、まるきりおんなじことを、いつも思ってて」


今度は自分の手に視線を落として、苦笑した。


「そういうの、わたしにはなにもないから羨ましい」


突出した才能は、当然人から必要とされる存在だと思うし、そうなるべきだと思う。だから、尊敬と羨望と。


「『なにもない』ってことは、ないんじゃないの?」


綺麗な手は、所作まで綺麗。
雪生はそっと手にしていたものを置いて、わたしに向き直して言った。


「“なにかある”から、オレは美希に惹かれたわけでしょ」


そうして、わたしの右手をそっと掬いあげる。
恥ずかしくて、瞬きをして目を泳がせるけど、雪生は構わず続ける。


「それに、目に見えた才能だけが、その人の全部を決めるわけじゃないと思う。仮に、美希が料理が苦手だったとしても、それがオレの気持ちを左右することはないし」


目から鱗が落ちるとでもいうのかな……すごい衝撃。
確かに、雪生が言ったことは一理ある。というか、それが全てな気がするくらいに、感銘を受けた。

それぞれの才能は、その人の一部であって、それで全てを決められることじゃないんだ、と。噛み砕いて言えば、わたしが雪生のことを好きになったのだって、“絵が上手だから”とか“珍しい職業だから”とかじゃなくて。

もっと、なんか本質的なところ……。
陳腐な言葉だけど、“やさしい”とか“可愛い”とか。“独特な雰囲気”とか。仕事をしてるときの、真剣な瞳の雪生に惹かれたのも事実。でも、きっかけはそれでも、今はそれが全てじゃないもん。


ポロッと落ちた涙が手の甲にはねて、我に返る。