あのとき外したメガネをして、雪生は部屋に籠もってる。
スーツとネクタイを仕舞いながら、彼とのキスを思い出したことは、内緒。

ピーッと炊飯器が知らせてくれた音と同じタイミングで、お味噌汁も出来た。


「……よし」


あ。今の言い方、なんか雪生っぽい。

そんな小さなことを自分で発見しては、はにかんだ。


「あのー……ゴハンが」


ノックをして、仕事部屋に話し掛ける。
締切前のことしかわたしは知らなかった。どうやら、カズくんたちが来るまでのお仕事は、リビングじゃなくて、この寝室の隣の部屋でやるらしい。

うんともすんとも言わないドアの前で待っていると、なんのアクションもないまま、急にガチャリとドアが開いた。


「わっ」
「あ、ゴメン」


ビビりすぎるわたしもどうかと思う。
でも、さっきのことがあっての今だから、仕方ないよね。あんなふうに触れられたのなんて、遠い昔の記憶にしかないし、好きな人が出来たこと自体久しぶりだから――ふわふわした状態でいても、当然だ。

いちいちうるさい心臓を片手で抑え、ちらりと目を合わせる。だけど、つい、恥ずかしさが出て来て顔を逸らしてしまう。

ああ、あからさますぎる! 自分!

わかりやす過ぎる自分の行動に、さらに羞恥心が増し。
まともに顔を上げられないまま、「すみません」と口にするのが精いっぱいだった。

お互いに廊下に立ったままでいると、ポンポン、と優しい重みを頭に感じる。
ふ、とその手の魔法で顔が上を向く。すると、少し申し訳なさそうな表情の雪生がいた。