「雪に生まれるって書くんだ、オレの名前」
「雪に……もしかして」
「そう。雪が降ったんだって。オレが産まれた日」


雪が珍しいこの場所で、そんな由縁でつけられた名前が、すごく素敵だと思った。


「すごい……いい名前ですね」
「ミキちゃんは、どんな字書くの?」
「わたしですか? 普通ですよ、全然。美しい、に、希望の希。特に由来はなかったような……」


確か字画とか、あってもそんなような理由だけだった気がする。
ユキセンセみたいにドラマチックな要素、まるでゼロ。

普通すぎて反応に困るよね、と思ってたら、センセが空いた手をわたしの頬に添えた。


「いいね。すごく」
「や……そんなこと……」
「前向きになれるような、綺麗な名前」


……ヘンなの。自分では、この20年、そんなふうに思ったことも言われたこともないのに。
センセにたった一度、そう言われるだけで、本当にそんなふうに思えてしまうんだから。


「美希」


不意にその名を口にされ、フリーズしてしまったわたしは、瞬きも出来なかった。
メガネの奥の瞳が睫毛に隠されていき、頬にあった彼の手が、スッと撫でるようにわたしの横髪を攫っていった。

同時に、唇も奪われ、心臓も止まってしまいそうだ。

引き寄せられたままの態勢も、突然、名前を呼び捨てされたのも普通じゃない。そんな不利な状況で、反則的な深いキス。

わたしは動けなんかしなくて、でも、ユキセンセがほんの少し唇を離しては、角度を変えて、苦しいほどにキスを重ねてくる。


「――っ、あ、せ……んせッ……」


苦しい、苦しい。苦しくて、甘くて、狂おしい。
こんなの、ずっと続けられたら……!


「……それ、チガウよ?」


額をコツンとぶつけられて、吐息混じりに囁かれた。
その状態から解放されないところを察するに、きっと、ちゃんと口にしなければいけないんだ――。


「――――ゆ、雪生……」


気恥かしいまま、小声でぽつりとそう呼んだ。


「はい」


そんな些細なことなのに、すごく雪生はうれしそうな顔で返事をした。


「……ああ。やっぱり、ジャマだ、コレ」


そう言って雪生は俯き、黒縁のメガネをスッと外す。垂れた前髪を直さぬまま、また、わたしに軽い酸欠と眩暈を与えていった。