コーヒーの香りの効果もこれまで。せっかく落ち着きかけた冷静さも、容易く崩壊。
まして、手首付近に触れられてしまったら、脈拍の速さに気付かれるかも! それは恥ずかしい!


「はっ……ははは、はいっ?」


思考もまともに纏まらないまま、上ずった声で返事をしてしまう。

あー! ダメだ! こんないかにも、“慣れてません”みたいな反応、ダメだよ!
こういう女って、重く感じられたり、気疲れされたりするって! そして、結局離れていっちゃうんだよ……。

浮かれたり落ち込んだり、我ながら忙しい人間だ。

テンションをどう定めていいのかわからないままのわたしを、ユキセンセはクイっと引き寄せる。
すると、少し前のめりになったわたしは、ソファの背もたれに片手をついた。


「それ、やめない?」


さっきメガネを掛けたユキセンセは、レンズを光らせながら言った。


「そ、『それ』??」


ああ、メガネにスーツに、ネクタイ……しかもそれが、お父さんとか純とかじゃなくて、ユキセンセ。
カッコよすぎて眩暈を起こしそう……。

ふらりと引き込まれそうな存在感に、繰り返して口にしていても、頭の中は真っ白。


「うん。“センセ”ってやつ」
「あー……はぁ…………えぇ?!」


頭の奥に届くまでのタイムラグで、数秒してから声を上げてしまった。

“センセ”をやめる?! ってことは――――。


「元々、“センセ”だなんて大層な人間じゃないし。なんか壁感じるから」
「や……でも、その……カズくんとかも、そう呼んでるから、わたしだけっていうのは……ちょっと」
「んー……そっか……」


空を見て、考えるセンセ。その間も、わたしの手は繋がったまま。
「あ」と、閃いたように口にすると、センセは再びわたしを見上げた。