掠れた声でなんとか言ったわたしから、なかなかユキセンセは離れようとしない。
先に目を逸らしたわたしは、懸命に声を絞り出す。


「仕事かもしれないですよ」


すると、渋々といった感じでユキセンセはソファから立ち上がった。
顔はそのままに、視線だけセンセの足を追うと、電話の手前まで行ったところで留守番電話に切り替わってしまった。


『澤井です。まさかあのまま帰るとは――なんて、予想済みだけど。ああ、あのコ、本気でユキに惚れこんでるっぽいから、早く連絡いれないと逆に大変かも……ユキが』


ガイダンスのあとに聞こえてきた話し声は、男の人。それも、『澤井』って聞こえて、担当さんだということはわかった。

だけど、『あのコ』って……? そういう言い方は、普通女の子を示すよね? 男の子をそういうふうには呼ばないはず。
そのコが、ユキセンセに『惚れこんでる』って。それってつまり、そのままの意味、だよね。


留守電に意識を集中させていると、澤井さんが続ける。


『まー最近“押し気味”だし。手伝ってもらえるならそれに越したことはないしな。じゃ……』
「もしもし」


途中でユキセンセが受話器を取って、澤井さんと話し始めた。

『手伝ってもらえる』……。話を総合すると、女の子の漫画家さんが、ユキセンセのことが好きで、連絡待ってるっていう感じ。
それも、第三者を交えるほど、公認の関係になりつつあるわけだ。


でも、じゃあ、今までのは……?


ちらりとユキセンセを見て、奥歯を噛んだ。


――――バカみたい。バカみたい! 勝手に都合よく解釈しそうになってた自分が、ほんと、バカみたい!


スッとソファから腰を上げ、カバンを手に取ると玄関へと走る。
そんな短時間で涙が零れてしまいそうなほど、大きくなってた気持ちにびっくりだし、どこかで、“曖昧な関係でもいい”と思ってしまう自分に腹が立つ。

大して経験も積んでないクセに――なにを、恋愛上級者ぶって、と。


スニーカーに片足を突っ込んで、もう片方の足をフローリングから離した瞬間。
わたしの身体は、不意な力で引き戻された。