スクエアのフレームのメガネをもう一度差し出すと、彼はそれを受け取らずに、片手をソファについた。
スプリングが軋んで、わたしの重心がそこへずれる。同時に、ぐらぐらとしたままの心も、容易に軋んでユキセンセへと傾くんだ。

態勢を持っていかれないように、と堪えたときには、いつの間にかユキセンセの顔がわたしの少し上に来ていた。

目だけでセンセを見ると、真剣な顔。まるで、仕事中にも似た、真っ直ぐな瞳でわたしを見つめてる。


「まだ、いいや。邪魔になるから」
「じゃ、ま…………ん!」


じりじりと詰められた距離から、あっという間に覆われる唇。
動揺と、わずかな興奮。そんな淫らな感情が、自分にもあることに驚きながらも、彼を拒むことなんか出来ない。


ドキドキと高鳴る鼓動と、昂ぶる熱い感情。
心地いい、蕩ける感触と、委ねてしまいたくなる衝動。

それらが大きく膨らめば膨らむほどに、チクリと痛む感覚。


『――――なんで』。


その問いかけは、ずっとずっと心の中でしてきたもの。でも、それを確認するのが怖い。どうやって口に出せばいいのかもわかんないまま、もう一方にある『好き』という気持ちをわざと優先させてる自分には、とっくに気付いてる

都合のいい女になってるのかもしれない。
一度受け入れてしまったのは自分だから、いまさら抵抗したって遅いかもしれない。
彼は、わたしとおんなじ気持ちじゃないかもしれない――。

ぎゅ、とメガネを握りしめると、連動したように唇も固く閉ざした。

その変化に、ユキセンセは気付いたようで……。


「――――ごめ」


はっ、とした表情で口にした、ユキセンセの謝罪の言葉。それとほぼ同時に、ルルル、と固定電話が音を上げた。
お互いに顔を見合せたまま、呼出音だけが部屋に鳴り続ける。

――今の表情(カオ)は……。

不安になっていたことが的中したように思えて、唇を噛んだ。
まだ、切れない電話の音に、わたしが先に口火を切った。


「……電話。出てください」