マンションを出て、一本向こうの大きな通りで手を上げた。
すぐに捕まったタクシーに乗り込むと、行き先を告げる。

ルームミラーに映る、自分のエンジのネクタイに目が留まった。

『二人。弟……いるんで』。

ミキちゃんの言葉が、ぽんと頭に浮かび、くしゃっと髪を掴んだ。


……オレのバカ。なにをいい歳して、焦ったように――――でも。


俯いていた顔を上げ、フロントガラスから進行方向を見つめる。
タクシーは黄色に変わった信号を、急いで通過するようにしてグン、とアクセルを踏んだ。

その感覚に、似てるかもしれない。
考える間もなく、目の前のことに意識が奪われて、自分を押し通す。
そんなのは、一歩間違えれば事故に繋がるかもしれない行為なのに……。

それでも、止められない。

なんだろう。自分でも、はっきりとした理由なんて、説明出来ない気がするけど。

ただ……ただ。気付けば、彼女をすごく可愛いと思う自分がいた。
弱ってるときに優しくしてくれたから? 人間て、そういうときに手を差し伸べられると、恋に似たような感覚に陥ってしまうって、なにかで聞いた気もする。

その定義だと、熱を出してたオレが、看病してくれたミキちゃんに対して“恋の錯覚”をしてしまった、という話になるんだけど……。

……いや、やっぱ違う。

そうだとして、こんなに持続するものか。――仮に持続していたとして。きっかけはもうどうでもよくて、今が全てだと思うタイプ。

ハッキリしてることは、彼女がいると癒されて、触れたくて。独占、したくて――――。
この手に閉じ込めたくて、あの目にオレだけを映したくて。そうしたら、勝手に……。


「体が動いちゃってるんだよな……」


『それがマズイんだろ』って、もう一人の自分が冷静に指摘する。
『わかってる。わかってるんだけど』と、指摘された方のオレが言い訳がましくぼやく。

こういう場面で、うまく順序を踏んでいけるためのプロセスを学ぶはずだったのに。それを、学生時代のオレは習得せずにきたもんだから。


「……嫌われてなきゃいいな」


オレの部屋で、ひとり待っているミキちゃんを想像して、不安をぽつりと口にする。そのうちに、あっという間に目的地の会場に到着した。