「……失礼、します」


ひとこと言ってからキッチンへと入る。
そこは汚れてるどころか、なにも使ってないかのように綺麗なキッチン。
唯一指摘するならば、シンクに溜まってるカップラーメンや冷凍食品のパッケージくらい。

3つあるガスコンロの上に、やかんがひとつだけ置かれているのを見て手に取った。

グラスが何個か放置されてる水切りかごの影に、インスタントコーヒーを発見する。


「これで……いいんですよね?」


対面キッチンの枠から覗く、ボサボサの髪のユキセンセに尋ねる。けれど、一向に返事は返ってこない。
すると、キッチンに入ってきたカズくんが苦笑しながら代わりに答える。


「ごめん。センセ、この時期こういうことしょっちゅうだから。気にしないで。悪気があるわけじゃなくて、本当、集中し過ぎるんだ」
「あ……そう、ですか……」
「間違っても、『怒ってる』とか思わないで」
「はぁ」


こんなふうにフォローしてくれる人がいなかったら、わたし、完全に凹んでた。
話し掛けても答えてもらえないだなんて、虚しすぎるもん。

それこそ、『自分がここにいることを否定されてる』ような暗い思考に陥っちゃいそう。


「あ、コーヒーブラックで。ついでにおれもいいかな? おれは砂糖とミルクお願いっ」


ユキセンセと比べると、表情豊かで明るいカズくん。
彼の存在がわたしを安心させてくれるから、なんとかここにいれそうな気がした。


「どうぞ」


カップを綺麗に洗ってから、ゆらゆらと湯気ののぼるコーヒーを差し出した。
わたしには全然わからない仕事に取り掛かるカズくんは、すぐにそれを口にしていた。

一方のユキセンセは、やっぱりなにか区切りのいいところまで画面に張り付くようにして。それから、また、「……よし」と呟いての繰り返し。
まだなんとか湯気が出ていたカップを手にして、メガネを曇らせながら黙ってそれを飲んでいた。