ラブソングは舞台の上で


私が思い出せていないことに気付いた彼は、頭を拭いていたタオルを首にかけ、筋肉でムキッとして張りのある腕を組んだ。

「簡単に説明しとくと、飲んで吐いて死にそうになってた君を、俺がちゃっかりお持ち帰りしたんだよ」

「ちゃっかりって……」

彼に背負われた感覚を、うっすら思い出す。

広い背中はダウンジャケットでふかふかして、フードのファーがくすぐったかったっけ。

それからタクシーにも乗った気がしなくもない。

あの時は、ただただ眠たくて、気持ちよく眠れればどこでもよかった。

……危ないな、私。

もう24歳なのに。

「だってせっかく見つけたヒロイン候補、逃すわけにはいかなかったからね」

出た。ヒロイン。

そういえばミュージカルとか言っていた気がする。

ミュージカルって……合コンで出会った相手を簡単に誘えるほど、気軽に始められるものなのだろうか。

アニーとかライオンキングみたいに、多くの応募者の中から選ばれし人間だけが舞台に立てるものじゃないの?

「ヒロインとか言われても……。ミュージカルなんて、見たことすらないのに」

「俺だって誘われて入ったときはそうだったよ」

「入ったって、何に?」

「何って、劇団に決まってるでしょ。素人ばかりの小劇団だけどさ。結構本格的にやってるんだよ」

へぇー。

劇団って、こんな身近にあるものなんだ。

高校を卒業して以来、6年もこの町で暮らしているのに、存在にすら気付かなかった。

「ていうか、そもそもあんた、何者なの?」