「それじゃあ、行きますか」
不毛なやり取りに区切りをつけ、晴海が歩き出す。
私はただ彼についてゆく。
もちろん、手は繋がない。
目的地は劇団エボリューションの稽古場だ。
晴海によると、今日はヒロイン役である私のお披露目をして、配布物を受け取り、スケジュールの確認をして、その後は飲み会になるとかなんとか。
芝居の稽古は来週からになるそうだ。
「ああ、緊張してきた。お前なんかヒロインだと認めないとか言われたらどうしよう」
信号を待っている間にため息をつくと、微かに白く濁る。
不安が目に見えたようで、余計に不安になった。
「ははは、そんなことを言い出すやつがいるかもな」
晴海は微妙な笑顔を浮かべ、向こう側の信号を眺めたまま告げる。
「ええっ? いるの?」
そんなの聞いてない。
やっぱりやめてしまおうか。
「心配すんなって。口が悪い人もいるし、ちょっと絡みづらい人もいるけど、みんないい人だよ」
「ほんと?」
晴海の言葉、どこまで信用してよいのやら。
「大丈夫。文句いうやつがいたって、俺がヒーローらしく明日香を守るよ」
またそういうクサいこと、サラッと口に出す。
守るとか、そんな軽い感じに言わないでほしい。
だけど言われ慣れない私は、不覚にも少し嬉しくなってしまった。



