音痴というわけではない。
マイクを通してエコーをかければ、それなりに上手く聞こえると思う。
しかし、この舞台ではマイクを使っていない。
歌は生声で客に届く。
生歌はごまかしが利かないから、悪い部分も全て聞こえてしまっていた。
「この子、うちの中でも一番歌が上手い子だったんだけど。それでもこのレベルなんだ」
なるほど。
つまり彼が求めているのは、私の歌唱力というわけか。
「ボイトレにでも通ってみたら?」
「みんな仕事してたり学生だったり、忙しい中で劇団やってるから、なかなかそこまでできなくて」
素人ばかりの小劇団だと言っていた。
ボイトレをするにしても自腹になるだろうし、この先プロの役者としてやるつもりがないのなら、お金を出してまでやるメリットはないのかもしれない。
だけど、上手いに越したことはない。
「それに……」
「それに?」
タン、とキーを打ち再生を止めた晴海は、私の目をしっかり見据えた。
「俺が明日香の歌に惚れた」
惚れただなんて、大袈裟な。
言われなれない言葉に、むずかゆい気持ちになる。
歌が上手いことは、私のコンプレックスだ。
それは「カラオケ」というメジャーなコミュニケーションの場において、私の歌唱力が他の人の邪魔をしてしまうからだ。
私の歌を喜んでくれる人よりも、嫌な気持ちになる人の方が多いと気付いてからは、極力人の前では歌わないようにしてきた。



