気付けば私は細い
入り組んだ坂道の多い
町に来ていた。

親にも誰にも告げることなく
そのノスタルジックな場所へ
逃げ込んだのだ。

どこか、
時代遅れのーーー
いや、
時が止まったかのような
そんなところだった。

お金はあった。

彼と私が夢を現実にするべく
貯めたお金を
彼がこの世から居なくなった今も
私が所有していた。

私はのらりくらりと
この町の至るところにいる
猫達のように
そこでひっそりと暮らしていた。

とは言え
狭い狭いこの町では
余所者の私は
どうしたって目立つ訳で。

坂道のかなり上に位置する
破格の家賃で借りている
築うん十年の平屋の
玄関先には
ご近所からの野菜や
手作りの干物など
そっと、置いてあることが
多々あった。

誰も私がどこから来たのか
どうして来たのか
聞くことはしないくせに
その癖、
こうして私の存在を
認めるかのように
優しさを形にして
置いていってくれるのだ。

ここへ来た当初
固く閉ざしていた心が
少しずつ解れていくのが
自分でも分かった。