桃の花を溺れるほどに愛してる

「……桃花さん?」


 しばらくの間、厨房に消えていった司さんの方を見ていた私に対し、春人は声をかけてきた。

 私はその声にハッと我に返り、両手を左右に振りながら「ボーッとしていた」と苦笑いを浮かべる。

 春人はそんな私をジッと見つめたのち、ゆっくりと口を開く。


「彼は、すごいです」

「え?」


 春人の言う“彼”――とは、すぐに司さんのことだということに気付く。


「僕なら、あんなふうに笑っていられないです。きっと、嫉妬で狂い死んでいるかと思います」


 悲しそうな表情をしながら、苦笑いを浮かべた春人を見た私の胸の奥が、キュウッと痛んだ気がした。

 確か、春人が私に告白してきてすぐ、私が中学1年生の時に1つ年上の先輩に恋していたことに対し、嫉妬で狂いそう……とかなんとか言っていたっけ。

 私自身、先輩に彼女がいると知った時、嫉妬に似た感情を抱いていたことがあるから、“狂いそう”っていう気持ち、痛いほどに分かる。

 今の司さんがどんな思いで桐生さんと篠原……さんだっけ?を見ているのかは分からないけど、春人の言う通り、あんなふうに笑っていられるのって、すごいと思う。

 私は……先輩に彼女がいると知った時、どんなふうにしてソレを乗り越えたっけ?司さんのように笑っていた?分からない。もう、思い出せないや。