桃の花を溺れるほどに愛してる

「とりあえず……聖くんが連絡してくれている警察や救急車が来るまで、ここで待つ?」

「そうですね。入り口で待つのもいいのですが、榊くんが縄を解かないとも言い切れませんから」


 もし、榊先輩が目覚めて、縄を解いて自由に動き回れるようになったら、怖いどころの話じゃない。

 見張っておくためにも、ここで待機しているのが好ましい、かな。

 訪れた沈黙を押し退けるように、私は床に座り込んでいる春人の目の前に移動し、背を向ける。


「え?桃花さ――っ?!」


 焦っている春人を無視し、そのまま私も座り込むと、見事、春人が私を包んでくれるような形になった。

 私の背中いっぱいに、春人の体温が感じられる。

 ……なんだろう、春人に甘えたいのかな、私。こんな普通じゃない状況なのに。――いや、普通じゃない状況だからこそ、なのかもしれないけど。

 後ろで未だにアワアワしている春人に向かって、言う。


「ぎゅって、して?」

「……っ」


 後ろで息を詰めた気配がした。

 すると、ふわっと背後から抱きしめられ、私の肩に春人の顔が乗せられる。


「これでよろしいでしょうか?お姫様」


 耳のすぐ傍で話しているからか、吐息がくすぐったい。囁くような声のせいで、甘い蜜のようだ。

 それにしても、おいおい。お姫様って。アンタは犬じゃ飽きたらず、従者にもなるのかっ?!