桃の花を溺れるほどに愛してる

 荷物をまとめ、校門で待っている春人のところへ行こうと廊下を歩いていると……ふと、気付く。

 私以外の生徒が、廊下にいないことに。

 ……嫌だなぁ、自分以外に誰もいない校内って。別次元に来たみたいっていうか、怖いっていうか……異質な感じがするのよね。

 早く春人のところに行こう!

 そう決意した刹那。

 ――コツン、コツン。

 廊下に誰かの足音が響く。

 なんだ。
 私以外にも誰かいるじゃん!
 変に怖がって損した――。


「――んんぅっ?!」


 突如、背後から羽交い締めにされ、口を塞がれ、私は逃れようと抵抗するも……まったく効果はない。

 耳に当たる生暖かい息が、気持ち悪い。息遣いを聞く限り、私を羽交い締めにしているのは男……?

 それなら、いくらもがいたところで、無意味なのかもしれない。でも、だからといって、このままされるがままっていうのもイヤだ。

 この場から逃げたい!そう思いながら必死に抵抗するも、意識はだんだんと遠退いていって……私は気を失った。


(春人……!助けて!)


 心の中で何度も叫んだ言葉たちは、決して声になることはなかった。

 ゆっくりと、雪のように、溶けて消えていく。