桃の花を溺れるほどに愛してる

 桃花さんが僕のことを覚えていない……そのショックだけが僕の身体を支配する中、病室から父さんが出て来た。


「春人……」


 僕が病室を出たあと、どこかへ行ったのだと思っていたのだろう。

 病室の前に突っ立っている僕を見た父さんは、一瞬だけ驚いてみせるも、すぐに真顔になった。


「ちょっと、来なさい」

「……はい」


 僕が父さんのあとをついていくと、父さんの仕事場でもある院長室についた。

 こういう院長室に2人きりになる場合、大抵は重要な話をする時だ。


「春人。あの娘とはどういう関係なんだ?何やら必死な様子だったが……」

「あの人は……桃花さんは、僕にとって、とても大切な人です。……自分の命を投げ捨ててもいいと思えるほどに」


 桃花さんは苦しみの最中、僕を暗闇から救い出してくれた人。

 それこそ、僕の人生をすべてかけてもいいくらいのことを、彼女は苦しみながらもしてくれたんだ。


「……そうか」

「父さん!桃花さんの記憶は、もう、戻らないんですか……?!」

「いや。彼女の場合、今回の自殺のキッカケとなった恋愛絡みのモノから、自分の身を守るために引き起こされたことだ。それ相応の刺激を与えてやれば、すぐにでも記憶は戻る」


 ……っ!