桃の花を溺れるほどに愛してる

 ――それから、2日後の朝。桃花さんは目を覚ました。


「桃花さん……!よかったです!目を覚ましたんですねっ!」


 僕は誰よりもはやく、目覚めた桃花さんの側に駆け寄った。

 桃花さんはゆっくりと目をこちらに向け、そして、自殺をする前と変わらないあのつんけんとしながらも優しげな声音で、こう言った。


「――アンタ、だれ?」

「――……」


 桃花さんから告げられた残酷なその言葉に、ショックのあまりに頭の中が真っ白になる。

 僕が桃花さんを見つめながら何歩か後退り、膝をつくと、病室に僕の父さんと桃花さんの両親が入って来た。


「春人……。お前は一度、病室から出ていなさい」


 父さんは、僕を気遣ってそう言ってくれたんだろう。

 僕は無言でうなずき、病室を出た。しかし、遠くへは行かず、扉に耳を押し当てて中の様子を聴いた。


「桃花!何があったのか、覚えてる?」

「……?あれ?私、いつものように学校から帰ってきて、ベッドから寝ていたはずなんだけど……ここ、病院?なんでここに……」


 桃花さんは、何も覚えていない……?

 どこからどこまでを覚え、どこからどこまでを忘れてしまっているのだろうか……?