桃の花を溺れるほどに愛してる

「っ!」


 綺麗な女性を赤い車の助手席に乗せた春人は、反対側の運転席の方に回って乗ろうとしたのだけれど……その際、私と春人の目が合った。

 ……合ってしまった。

 その瞬間、金縛りのようなものが解けて、自然と身体は動き出していた。

 春人とは、反対の方向に。


「桃花さん?!まっ、待ってください!」


 背後から、春人が私のことを呼び止めようとする声が聴こえる。

 しかし、私は走る足の速度を遅めようとはしなかった。その時にはもう、足を止めるタイミングを完全に見失っていたんだ。


「桃花さん!話を……話を聴いてくださいっ!」


 知らない。知らない、知らない、知らない、知らない……!聴きたくない!何も聴きたくないっ!


「桃花さん……!」


 グイッ……と、背後から腕を掴まれた。

 ……冷静になって考えてみれば、私と春人のどちらの足が速いのかなんて、一目瞭然だったね。

 たとえ私が一生懸命に走ったところで、男性でしかも大人の体力に、勝れるわけがなかったんだ。