桃の花を溺れるほどに愛してる

「へぇ、死ぬんだ?じゃあ、私も一緒に死んじゃおうかな。この病院の屋上から飛び降りて、さ」

「えっ?」

「なんてさ!冗談よ、冗談!本気にしないでよねっ?」


 忘れもしない、過去の出来事。

 君は忘れてしまっているけれど、僕は絶対、何があっても忘れない。

 当時中学1年生の君は、おちゃらけた様子で言って笑っていたけれど、今はちゃんと分かっているよ。


「――じゃあ、私も一緒に死んじゃおうかな。――」


 あの発言は、本気だったんだって。

 ……なんてさ、過去のことを思い返したって、仕方がないよね。

 君の中では“なかったことになっている”どころか、“本当になかった出来事”なんだから。

 君は……あの時の記憶を失ってしまっているから、僕がいくら覚えていたって、無意味なことなのかもしれないな……。

 僕も……君のように忘れられたら、少しは強くなれるのかな……?


「天霧先生、ここにいらしたんですか」


 聞き覚えのある声に振り返ると、ナースの山内(やまうち)さんが立ってこちらを見ていた。

「ああ、山内さん。すみません、今から仕事に戻ります」


 僕は謝ったあと、山内さんと一緒に仕事に戻った。