「ただいまー。」


「おかえりー、莉子(りこ)姉!」


「歩(あゆむ)、ちゃんと宿題やった?」


「うん、かんぺき!ほら!」



弟の歩は、小学5年生。

5年生にしてはちょっと無邪気すぎるような気もするけど、私の可愛い弟。



「今夕飯作るから待ってて!」


「うんっ!」



冷蔵庫を覗く。

うーん、あんまり食材がないなあ。

本当は、今日のバイトが終わったら、賞味期限切れの野菜を貰って来ようと思ってたのに。



「先生のばか。」



小さくつぶやく。

私は、冷蔵庫の扉をパタンと閉めると立ち上がった。



「歩、今日カレーにしよっか。」


「わーい!カレーだ!」



無邪気に喜ぶ弟を見ながら、私はふと切ない気持ちになる。


ごめんね、歩。

カレーだけど、肉はなしなんだ。

代わりに油揚げ入れるね。

玉ねぎもないから、ニンジンとジャガイモだけのカレーだよ。


いつもいつも、我慢させてばっかりでごめんね。

だけど、文句ひとつ言わない歩に、お姉ちゃんは助けられてる。



台所に立ちながら、跡部先生は何の教科の先生だったか思い出そうとした。

なかなか思い出せなくて、ジャガイモの皮を剥きながら、うーんと首を捻る。


―――あ、社会だ。

そうだ。

確か、法学部で弁護士を目指していたけど、諦めて教師になったって噂だっけ。



ぐつぐつとカレーを煮込む間、ふと窓に目が行った。

先生の部屋。

明るい電気が点いている。

自分で買い物するなんて、やっぱり一人暮らしなのかな。



ニンジンとジャガイモ買ってたっけ、先生。

先生が今作っているであろう夕飯のメニューを想像したら、何だか可笑しくなった。

案外、一緒だったりして。



「いい匂い!」



歩が抱きつくように私に体当たりしてくる。

5年生なんだから、もうやめなさいなんて言えなかった。

甘えたいときに、誰にも甘えられなかった歩。


お姉ちゃんになら、いつでも甘えていいよ。

いつでも私は、歩のそばにいるよ。


ぎゅっと歩を抱きしめると、歩は嬉しそうにけらけらと笑った。