次の日、学校で。



『2年3組の新庄莉子さん。至急、進路指導室まで。』



掃除が終わった後すぐに、そんな放送が入った。

跡部先生の声で、それだけ言ってぷっつり、と放送が切られる。



「莉子、何かしたの!?跡部先生に呼ばれるなんて!」



友達に、口々に心配される。



「何にもしてないよー!行ってくるね!」


「勇気あるなあ……。」



学校で跡部先生と話すのは、初めてかもしれない。

最近は先生の顔の跡部先生を忘れていたから、少し怖い。



「失礼しまーす!」


「お、新庄。ちょっとこっちへ。」



他の先生もいる進路指導室。

先生は、隣の進路資料室に私を連れて行った。



「なに?先生。」


「新庄、これから毎日ここに来い。」


「え?」


「この間言ったこと、俺、本気だから。」



この間言ったこと?

ああ。



「公務員試験のこと?」


「そうだ。いいか?勉強することは山ほどあるんだから。俺が要点を絞って教えてやる。」


「うん!」


「だてに法学部出身じゃないぞ!お前を必ず、県職員にする。それが……俺の最後の役目だ。」



最後の、というのが引っかかった。

まだ、卒業までには時間がある。

それなのに。



「お前は何にも分かってないだろう。県庁は毎年10人に一人しか受からないんだぞ。」


「えっ!」


「ほら、やっぱり知らないな。しかも第3次試験まである!」


「そんな……無理だよ、私には。」


「無理だろうな。……一人だったら。」



跡部先生は、にやり、と笑う。



「俺が保証する。お前を必ず受からせる。」



その自信は、どこからくるのだろう―――



「試験は6月に始まって、8月の終わりには結果が出る。」


「そんなに早いんだ。」


「ああ。それまで……、一緒に頑張ろう。」



そう言った時の先生の表情は、とても、とても切なくて。

私は、その横顔にはっと目を奪われた。

思わず胸がぎゅっと苦しくなるような、そんな顔だったから。


何なの?

先生に、そんな目をさせる何かは、一体何なの?


行き場のない疑問が、胸に渦巻いていた。

すると跡部先生は、追い打ちのように右手の小指を差し出した。



「な、約束してくれるだろ?俺のために、頑張るって。」


「……うん。約束するよ。」



そう言って、私も小指を差し出した。

先生は、私の小指にするりと指を絡めた。



俺のために、って言ったね。



先生が何か計り知れないものを抱えているかもしれない、ということは。

鈍感な私でも、さすがに気付いてしまった。


だけど、尋ねたところで話してくれるようなことではないことも、分かっていたんだ―――