「阿賀野さん……。恋人のふりは、もう終わりですか?」

私のつぶやきを、彼は聞き逃さなかった。

「どうして欲しい? 俺はこのまま、お前の縁談、ぶち壊せてしまうけど」

「……一緒に居てください」

何が正しいのかも、もうよく分からない。
たった一日で、私の中の価値観が変わった。私はメールの送信ボタンを押す。

「あとで、……もう一度キスしてください」

今わかる望みはそれだけ。だからそれを言ったのに、阿賀野さんは面食らったように黙り込む。

「なんですか」

「やっぱりわかんねぇや」

「何がですか?」

「お前のこと。一日一緒に居て分かった気になったけど。今また分からなくなった。あとで教えろよな」

ぽん、と頭に置かれる手。
私だって分からない。自分のことなのに。
でも、気づいてしまったものは仕方ないでしょう。

私が知っている世界は、思っていたよりずっと狭くて。
あなたはそれより広い世界を生きている。そして私は外へと連れ出した。

籠の外に出てしまったら、中の狭さに耐えられるはずなんてない。