ケータイ小説 野いちご

櫻の園


今年は梅雨が少しばかり遅れているようだ。

6月にはとうの昔に入っているのに空気は乾いており、太陽はまだサンサンと地面を照りつけていた。てるてる坊主は、まだ当分必要ないように思える。



本格的に始まった演劇の練習は厳しいものだった。自分たちの行っていた練習が、ただのお遊びに思えるほどに。

佳代先生の指導は、冗談でなく本当にキツいのだ。

まさに"デビル坂野"。(あたしたちは陰でこう呼ぶことにしていた)穏やかで優しいいつもの佳代先生は、稽古の時だけはきれいさっぱりどこかに消え去ってしまう。


基礎訓練に発声練習。

練習終わりに欠かすことのないストレッチングに、走り込みなどの肉体運動。

昨日の練習も思い出したくないほど酷いものだった。多分何も知らない人が見れば一体どんな厳しい運動部だと思うに違いない。

マッチョになっちゃう、と美登里は毎回ブツブツ文句を言っていた。


もちろんそれだけでなく、佳代先生は一場面一場面の配役ごとの位置、動きをすごく熱心に指導してくれた。


「あなたたちが思っているよりずうっと舞台は広いのよ。客席まで届かせようと思ったら、今の倍以上は出さないと」


最初の頃は驚いたものだ。ほんの少し動きに違いをつけるだけで、その人物にその人らしい表情が現れるのだ。

さすがは元演劇部の部長だと、あたしは心底感心していた。


玄関を飛び出すと、広がるのは高い夕空。ポツンポツンとちぎれたように浮かぶ雲は、ゆったりと楽しそうにオレンジの風景を散歩していた。

バックの中身をもう一度確認する。内ポケットに丁寧に入れられた、一枚のチケット。



──今日は、洲の最終ライブの日だ。




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