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ここは北の国境近くにある砦の最上階。
現在この砦の主であるアーレスは、急使から王の勅令を受け取った。

「アーレス様、国王様より、返事を受け取ってくるよう、言われております」

「わかった。確認するからしばらく待っていてくれ」

肩書は一応、騎士団副長。とはいえ、王都にある騎士団本部に戻ることは年に数回しかない。
アーレスは主に辺境警備に力を注いでおり、国境でなにかがあればすぐにでも出動できるようにしているのだ。

大方、今回も警備の件だろうと思い、国璽の押された書簡を検める。

(南の方で何か起こったのか。だとしたら、ここの衛兵から数人選りすぐって、途中の街で人員を募ればいいか……)

素早く頭の中で部隊編成まで整えながら文書を検めていたアーレスだったが、読み進めるほどに、本当に自分宛か不安になり、中ほどまで進んだころには、目が点になっていた。

「は? ……結婚?」

その二文字は両親からももう数年は聞いていなかった。

もちろん伯爵家の次男であるアーレスには、二十代前半をピークに縁談が山のように来ていた。
しかし、当時騎士団で小分団を任されていた彼は、武勲を立てることに夢中だった。
恋しい人がいないわけではなかったが、その人は手の届かない人だ。いっそ剣に生きるのだと心を決め、既婚者が行きたがらない辺境の地の警備に嬉々として赴いて行ったのだ。

危険を伴う仕事は、成功したときの栄誉もまた大きい。
彼は見る見るうちに昇進した。そのたびに結婚の話は舞い込んできたが、血を見たら失神しそうなたおやかな女性の姿を見るたびに、戦場や戦いの話しか知らない自分とは住む世界が違う人としか思えなかった。
三十を過ぎてからは、親もあきらめたのか結婚のけの字も出さない。