ケータイ小説 野いちご

恋の音が聴こえたら、君に好きって伝えるね。

Episode1 お友達はパンダさん


桜が散り、季節は移りかわって
木々の新芽が顔を出す五月。

私、羽原小鳥(うはら ことり)は高校二年生になり、
クラス替えから早くも一ヵ月が経っていた。

しかし、子どもの頃から人付き合いが苦手で、
人と仲良くなりたいのに素っ気ない態度をとってしまう
私には友達がいない。

理由は単純かつ明快だ。

私は挨拶をすることにすら緊張してしまい、
なかなか言葉が出てこない。

人から話しかけられても目を合わせるのが怖くて
うつむいたままでいたら、

クラスメイトから「近寄りがたい子」と
距離を置かれるようになってしまった。


つまり、典型的なコミュニケーション障害――
"コミュ障"というやつである。

友達に挨拶をするのはもちろんのこと、
他愛もない雑談なども心底苦痛だった。

今日も重い足取りで教室にやってくると、

誰とも目が合わないように視線を床に落として、

窓際のいちばんうしろにある自分の席に向かう。

「昨日さ、モデルのユウマくんがテレビに出てたの見た? 
バラエティーとか出るんだね」

「見た見た、新鮮で驚いちゃった。今度映画に出るから、
その番宣じゃない?」

楽しそうな声が聞こえてきて顔を上げると、
最悪なことに私の席に同じクラスの女子が座っていた。

前の席の子となにやら盛りあがっている様子で、
私のことなど眼中にない。

しかもふたりの周りにはほかにも女子が集まっているため、
その中に入っていくというのはかなり勇気がいる。

はぁ……朝からついてない、最悪。

彼女たちはいわゆるイケてるグループと言われ、
クラスでは上位の立場にいる。

スカートも短かすぎて太ももがあらわに見えているし、
シャツは第三ボタンまで開けていて胸もともきわどい。

あれがおしゃれなのだろうが、
それに比べると私は地味だ。

白いニットベストの下に身に着けているシャツは
第一ボタンまできっちり留め、

水色の斜線が入った紺色のリボンは
だらしなくたらすことなく襟もとでしっかり結んでいる。

リボンと同色のスカートも校則を守って膝下丈だ。

髪もそう、胸もとまであるウェーブがかった私の髪は
無造作に下ろしっぱなし。

凝った編み込みなど、
マメに髪形を変える女子力はない。

唯一目立つところといえば、私の髪だ。

人工的な金や茶色とは違って、生まれつき色素が薄いために
アッシュベージュのような色をしているのだが、
ほかの同級生の髪色と比べたら明るい。

まあ、私のことはいいとして……。

目を引くのは彼女たちの服装だけではない。

くっきり引かれたアイラインと
鮮やかな発色のティントリップといった濃い化粧。

見た目だけでも強烈だから、
声をかけづらいったらない。

重たい気分のまま、
私は自分の席の横に立つ。

話に夢中になっている女の子たちは、
私の存在には気づいていない。

ああ、話しかけるの嫌だな。

だからといって
このままつっ立ってるのも恥ずかしいし、仕方ない。

困った挙句、
思いきって私は自分の席の机にドンッと
スクールバッグを置く。

すると、その場にいた女子がいっせいに私を見た。

うっ、感じ悪かったよね、と我ながら感じる。

わかってるけど、
素直に『座ってもいい?』と聞けない、
私のような人間もいるのだ。

そんな自分自身が嫌になるし、
できることなら変わりたいと思うけれど、

簡単にはいかないこともあるって、
最近はなかばあきらめている。

だって何度も自分から声をかけよう、
笑おうとしたのにできなかったから。

なにこいつ、と言いたげな視線を浴びながら
私の席に座る女の子に向きなおった。

もう一度勇気をふり絞って声をかけようと思ったが、
喉が締めつけられるようで声が出ない。

黙りこくっていると、女子たちが不愉快そうな顔をして
離れていく。

そのうちのひとりが足を止めて振り返った。

彼女はピンクベージュの髪を
ポニーテールにしている菅谷奈知(すがや なち)さんだ。

かわいくて、男子からモテるのだと聞いたことがある。

「あ、ごめ……」

菅谷さんはなにか言いたげな顔をして、
それでも言葉を飲み込むように口を閉じた。

結局なにも言わずに同じグループの女子のところへ
行ってしまう菅谷さんを見送りながら、

どうして素っ気ない態度をとってしまったんだろうと
頭を抱えたくなった。

「はあ……っ」

ため息をついて席に座り、
スクールバッグからスマートフォンを取りだす。

つなぎっぱなしのイヤフォンを耳につけ、

画面を操作して『つながるコパン』という
アプリを開いた。

ポップなBGMが流れ、
画面に街のような世界で動きまわる
動物のアバターが現れる。

このアプリは動物の姿をしたアバターを通して、
会話ができるチャット型ゲームだ。

いつもひとりぼっちでいる
私の心のよりどころでもある。

私は『ヒヨコさん』という
ユーザーネームで参加しており、

中学一年生のときから交流がある
『パンダさん』と名乗るユーザーと仲がいい。

アプリ内での私の姿は、
その名のとおり首からカメラを下げて
頭にリボンをつけ、ワンピースを着たヒヨコ。

相手はヘッドフォンとパーカー、
ズボンを身に着けたパンダの姿をしている。

パンダさんとはアプリ内での会話が
誰にも見られないようにする個別チャットで、

学校のグチや自分の趣味について話している。

私は誕生日に一眼レフカメラを買ってもらったほど、
写真を撮るのが好きだ。

中学一年生のとき、
無理を言って家族の写真を
スマートフォンで撮影したことがあった。

というのも、両親が忙しすぎて
旅行はおろか出かけることもほとんどなく、
記念写真のひとつも家にはなかったから。

それが寂しくて、
一枚くらい残しておきたかったのだ。

テーブルにスマートフォンを固定し、
セルフタイマーで撮った両親と私と弟の樹の写真。

ソファーに座って寄り添う両親は
撮るときは面倒そうではあるものの微笑んでいて、
樹ははにかんでいるけどうれしそうだった。

私も久々に家族団らんというものを味わった気がした。

思いきってそのときの写真を見せたら、

いつもは忙しいからと私に興味をもってくれない両親が
『すごいね』と初めてほめてくれた。

それが今も忘れられないくらいうれしくて、
私は写真にはまっていったのだ。

しかし、その一年後。

両親は忙しさに追われ、
生活がすれ違ってしまったことがきっかけで
離婚してしまった。

私と樹は母についていったので、
お父さんとは離れ離れだ。

けれど、私たちが家族だった証は写真に残っている。

寂しくなって見返すと、
あの日のことを昨日のことのように思い出せるから、
やっぱり写真はすごい。

何度も写真に救われた私は、
夕方から夜に移りかわる黄昏時の空など、
幻想的な光景を見つけては写真に撮り、

いつも【きれいだな】【また撮ったら送ってくれ】と
興味をもってくれるパンダさんに送りつけている。

対するパンダさんは作曲が好きだ。

動画投稿サイトにアップした自分の楽曲のURLを
貼りつけてきては感想を求めてくる。

誰もが本当の私を知らない、
この小さな教室という世界。

ここに自分の居場所なんてなくて、
海の中にいるみたいに息もできず、
毎日溺れるような苦しさを感じていた。

そんな私にとってパンダさんは、
自分の好きなものや辛いことを隠さずにさらけ出せる
唯一の存在だった。

……どこらへんだったかな。

チャットの会話履歴を指でスクロールして、
そこに残っている『雨音』と書かれた
タイトルの楽曲のURLをタッチする。

リンクする動画投稿サイトを開けば、
パンダさんのアップした動画の再生回数が
九万回と表示されていることに心が弾んだ。

人気あるじゃん、パンダさんすごいなあ。

さっそく私も再生してパンダさんの楽曲を聴きながら、
ぼんやりと窓の外を眺める。

最初は降りはじめの雨のようにポロンッ、ポロンッと
ピアノの旋律が流れる。

それから雨足が強くなるように
勢いのあるギターの音が合わさり、
ベースがバックを固める。

まるで降りだした雨に走りだしたい衝動を
駆りたてられるような清々しい曲調になる。


パンダさんの音楽に耳をかたむけている間は
居場所のない世界から切り離されて、
自分が自由になったような感覚になれた。

まぶたを閉じて『雨音』の曲に聴きいっていると、
私の机に誰かがぶつかってきた。

弾かれるように目を開けると、
そこには金髪の男子が立っている。

ふんわりとまん中分けされた
前髪の下にある目は切れ長で、

スッと通った鼻筋や薄く形のいい唇からわかるように
整のった面立ちをしている。


袖をまくりあげたシャツに
腰まで下げられたグレーのズボン、

ゆるく締められた女子のリボンと同じ柄のネクタイに、
百八十センチ近い長身。

着崩した制服スタイルと不機嫌な表情が合わさって、

とてつもない威圧感をはなつ彼は、
クラスの中心的存在の大黒虎白(おおぐろ こはく)くんだ。

「あ、いたんだ。おまえ」

私の席の前に仁王立ちして、
人を見くだすような尊大な態度の大黒くんは
バカにしたような言葉を浴びせてくる。

こうやって私につっかかってくるのは、
なにもこれが初めてではない。

今までも目が合っただけで、すれ違っただけで、
大黒くんは『またひとりかよ』『寂しいやつ』
『澄ました顔が気に食わねえ』などと暴言を吐いてきた。

そんな態度の彼が苦手な私は、
その声が聞こえなくなるまで音楽の音量を上げると
無視をした。

予想はしていたが、
私の態度が気に入らなかったのだろう。

大黒くんは舌打ちをする素振りを見せて
仲間のもとへ戻っていく。

それを見送ることなく窓の外へ視線を移した私は
"嫌な人"と心の中でつぶやき、
絶対に彼には関わらないと心に決めた。



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