「わたしの、赤ちゃん……」


 泣き疲れたことで少し落ち着いた千奈美は、私に握り締めていたエコー写真を見せてくれた。

 ノイズみたいな古いタイプエコー写真の中に、黒い袋みたいなのが映っている。
 その中に白い影が見えた。

 まん丸い頭、ぽっこりしたお腹、ちょこんとついた手足。
 ちょっとエビみたいにも見えるけど、ちゃんとヒトっぽいシルエットだった。

 その小さな人影に、私は……


「かわいい」


 思わず、そうつぶやいていた。


「あっ、ご……」

「うん、わたしもそう思った」


 反射的にそう言ったことを謝りそうになったけど、千奈美は微笑んでいた。

 千奈美も中絶するかもしれない。
 どうするかなんてわからないと言いつつ、私はずっとそう思ってきた。

 だって、千奈美はまだ高校生なんだもん。


「こんなにわけわかんない写真なのに、不思議だね。すごく、愛おしく思えた」


 そうつぶやく千奈美の手は、お腹に当てられていた。
 その手の下に、この写真の赤ちゃんがいるんだ。


「先生ね、すごく優しかった」


 診察室で、どんなやり取りがあったかは知らない。
 でも、診察室から千奈美を呼ぶ声はやわらかくて上品で、とても心地よかった。


「わたしがなんにも言えないでいたら、出産も中絶の話もしてくれて、リスクとか、お金とか、精神的なことまで……」


 お腹を撫でながら、千奈美が診察室でのことを話してくれる。


「これからも必要だから、避妊の方法もいろいろ教えてくれたよ。内診とかも怖かったけど、ちゃんと説明してくれて声かけてくれて、力の抜き方とか‥‥思ったより落ち着いて受けれたからか、あんまり痛くなかったよ」


 内診という言葉にドキっとする。

 さっき読んでたがん検査も内診はあるというか、それで細胞を採取して検査するのがメインだ。
 妊娠検査なら膣の中にエコーを入れて赤ちゃんの様子を見たりする。
 さっきのエコー写真が、きっとそうだ。

 お姉ちゃんがグチってた。
 妊娠中期になって経膣エコーからお腹の上からエコーできるようになったのに、結局いろんな検査で内診からは逃れられなかったって。

 テレビとかで見るのは、妊婦さんの大きくなったお腹に当てて診るエコーが中心だ。
 経膣超音波検査なんて、私はお姉ちゃんに聞くまで知らなかった。

 産婦人科は女性に生まれた以上密接に関わる科目なのに、本当に知らないことばっかり。


「わたし、どうしたらいいんだろう……あの優しい先生に、赤ちゃんを殺してくださいってお願いするのかな?」


 赤ちゃんをかわいいと言った千奈美。
 だから、もしかしたらって思った。

 でも、千奈美がまだ高校生であることは変わりはない。