次の日も、真砂は、遅くなる、と深成に告げ、さっさと先に家を出た。
 一緒に出勤するわけにはいかないので、朝はいつも別々に家を出るが、それでもいつもはもっとちゃんとした時間を過ごせてたのに、と思いつつ、深成は朝食の片付けをして家を出た。

 仕事中に喋らないのは今に始まったことではないし、それが普通なのに、すぐ傍にいる真砂との間に壁があるようで、深成は鬱々とした時を過ごした。

 たった一日、真砂が飲みに行っただけ。
 飲み会だって、初めてではない。
 深成が留守番していたことだって、今まであるのに、今回のこのすれ違いは何だろう。

---ていうか、別にすれ違ってるわけじゃない。ちゃんとわらわの相手はしてくれてるし……---

 だが何かがいつもと違うのだ。
 真砂が、すぐに目を逸らす。

 今まではどんな時でもきちんと深成を見てくれたのに、昨日から真砂は深成が見ると、目を逸らす。
 さらに自分から深成に触れないような。

---いや、つっても一日じゃん---

 気のせいかもしれない。
 何か社長から直々の仕事が入って忙しいだけかもしれないし、と思い直し、気持ちを切り替える。
 今日は気分転換に、ゆっくり買い物でもして帰ろう、と決めて、深成は仕事に集中した。



 少しの残業ののち、深成は一人で町をぶらついていた。
 町はぼちぼちクリスマスに向けた商品が出てきている。
 十二月になったら、一気にクリスマスモードになるんだろうな、などと思いながら歩いていた深成の目が、通りの向こうの人影に吸い寄せられた。

 どきん、と深成の心臓が音を立てる。

 通りの向こうを歩いているのは真砂だ。
 その横には、モデルのような女性がいる。

---えっ? ……ま、真砂……---

 固まっている深成の視線の先で、二人は何か言葉を交わした。
 隣の女性が明るく笑い、真砂の肩に腕を回す。
 そのまま抱きつくように引っ付きながら、楽しそうに歩いて行った。

---う、嘘……---

 次の瞬間、だーっと深成は駆け出していた。
 気が付いたときには、昨日来たばかりのカフェバーの戸をぶち破る勢いで飛び込んでいた。

「……ちょっとどうしたのよ。建物古いんだからね」

 飛び込んできた深成に、片桐が驚いた顔を向ける。
 そしてすぐに、ちょいちょいとカウンターへと誘った。

「お客さんがいないからいいけどさ。そんな状態で飛び込んでこられちゃ、あたしが何かやらかしたと思われるじゃない」

「うっうっ……うわぁ~ん!!」

 カウンターによじ登るなり、深成は突っ伏して泣き出した。
 とりあえず、片桐は何も言わずに飲み物を作った。

「ほら。落ち着いたら飲みな」

 とん、と深成の前に置いたのはカルアミルク。
 もっとも普通のものより、大分アルコールは減らしているが。
 深成がしゃくり上げながらカルアミルクを飲んでいる間に、片桐は表に『close』の札をかけた。

「……いいの?」

「いいわよ。子兎ちゃんが泣きながら飛び込んできたのに、他の客の相手なんかしてられないわ」

 さらりと言い、カウンターの奥に戻ると、改めて深成を見た。

「ご飯は?」

「あ、まだ……」

 言った途端、くるるる、とお腹が鳴る。
 笑いながら、片桐は先程作ったオムライスを深成の前に置いた。
 その上に、ケチャップで兎を書く。

「はい子兎ちゃん。涙も書こうか?」

「こういうときは、にこにこマークとか書いてくれるんじゃないの?」

「その兎、ケチャップの量が丁度いいのよ」

 しれっと言いつつ、片桐は手早くサラダも作る。

「ていうか、コーヒー牛乳とご飯なんて、よく気持ち悪くならないわね。甘いもののほうが落ち着くと思って、それにしたんだけど」

「うん、これ美味しい」

 甘いカルアミルクを飲んでから、深成はありがたく片桐の作ってくれたご飯を頂いた。