さて真砂が六郎に悪戦苦闘している間に、クラスメイトの清五郎は教室を抜け出し、一年の教室に向かった。
 目当ての教室を覗くと、深成が友達に手を振って出て行こうとしているところだった。

「深成ちゃん」

 声をかけると、深成は足を止めて振り向いた。
 清五郎をじっと見、えっと、という顔をする。
 清五郎は軽く自己紹介をした上で、ちょっと面白そうに言った。

「今さ、真砂が海野に呼び止められてるんだが。深成ちゃん、真砂にお返し貰った?」

「え? んと、どうなんだろう。お返し、とは言われてないけど……」

「何か写真貰ったとか?」

「うん。昨日、合格発表があってすぐに、ボードの写真送ってくれた」

「なるほどね」

 にやにやと、清五郎は意味ありげに笑いつつ、深成を見下ろした。
 別に深成は不満そうではない。

「じゃ、深成ちゃんに仲裁して貰ったほうがいいかな。いやね、海野がやたらと真砂に絡むもんだからさ」

「ええっ。何で?」

 驚く深成を、清五郎は促して歩き出した。

「海野、やけに深成ちゃんに拘るよなぁ。真砂にあれほど意見できるってのも凄いが、その全てが深成ちゃん絡みだ」

「わらわは六郎兄ちゃんに育てられたようなものだから。心配性なんだよね」

 それは言い過ぎだろう、と思うが、清五郎は相変わらず面白そうに笑う。

「なるほどな。ま、奴はそれだけじゃないようだがな」

 清五郎は六郎の気持ちに気付いているが、当の深成は気付かない。
 というか、清五郎に限らず、あれでは大抵気付くだろう。

「とにかくさ、真砂が困ってるから、ちょっと海野、止めてやってよ」

「うん、わかった」

 清五郎に連れられ、深成は真砂のクラスへと急いだ。



「いい加減にしろ! 一体お前は何なんだ! 関係ないことにいちいち口を出すな!」

 清五郎と共に三年の教室を覗いた深成の耳に、真砂の怒鳴り声が飛び込んだ。
 驚いて中を覗き込むと、教室の前方に、六郎と対峙している真砂の後ろ姿が見えた。

「関係ないことではない! 深成ちゃんは大事な幼馴染だ! そんな子がいい加減に扱われているのを黙って見ていられるほど、私は冷淡ではない!」

 六郎が吠える。
 えっと、何言ってるの、と驚きつつも、深成は慌てて教室に飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと。何喧嘩してるの」

 いきなりの深成の乱入に、ちょっと二人とも驚いた顔になる。
 が、すぐに六郎が深成の腕を掴んで引き寄せた。

「深成ちゃん。こんな奴には、ちゃんと自分のして欲しいことを言わないと駄目だよ。そんな、いつまでも気を遣っていたら、深成ちゃんが辛くなるよ」

「え? え? 何、何のこと?」

 おろおろする深成を引き寄せたまま、六郎は、キッと真砂を睨んだ。

「深成ちゃんは良い子だから、確かに君の合格の写真一枚で凄く喜んでた。けどそれは、深成ちゃんには関係のないことだろう? 喜ばす、といっても結果的に君のことで深成ちゃんも喜んでくれただけで、君だって深成ちゃんのために大学に受かったわけではない。それでも喜んでくれたことをいいことに、それをお返しにするなんて、無邪気に喜んでくれた深成ちゃんが、あまりに可哀想ではないか!」

 真砂が、ぽかんと六郎を見た。

「……写真て、それのことか」

 呆れたように、ぽつりと言う。
 そして次の瞬間、真砂の額に青筋が立つ。

「誰がそれがお返しだと言った!!」

 怒鳴ると同時に、一歩踏み出した真砂が、六郎の手から深成を奪い返す。
 六郎に向かって怒鳴ると、深成にも怒鳴っているようになるからか。
 深成がビビるのが可哀想だと思ったのかもしれない。

「いまだに深成ちゃんに、ホワイトデーに関して何も言わないのが悪いんだろう! 不安に思ってるところに、ぺろっとそんな写真を送れば、素直な深成ちゃんは、それがお返しだと思っても仕方ないだろ!」

 何だか無茶苦茶だ。
 元々六郎の思考は無茶苦茶だが。

「……そうなのか?」

 六郎にではなく、引き寄せた深成に視線を落として、真砂が聞く。
 深成は、えっと、と焦りながらも首を傾げた。

「いや、お返しだとか何だとか……。わらわ、ホワイトデーのことは、あんまり意識してなかったし。あ、でも別に、先輩の合格のメール、あれがほんとにお返しであっても、わらわは嬉しいよ? だってすぐに送ってくれてるし」

 わたわた、と言う深成に、六郎は拳を握りしめた。

「何て良い子なんだ! 深成ちゃん! こいつにそこまでする価値があるのか? よく考えなさい!」

 涙を浮かべる勢いで言う。
 思い切り引きながら、深成は困ったように眉をハの字に下げた。