「あ、いや」

 再び書類に目を落とし、真砂は紙をめくっていった。

「……よし。いいだろう」

 ぽん、とハンコを押し、真砂は深成に書類を返した。

「良かったぁ」

 ぱ、と笑顔になる深成からさりげなく視線を外した真砂は、開いていたノートPCを閉じると立ち上がる。
 そして捨吉に目をやった。

「捨吉。そろそろ出るぞ」

「あ、はい」

 捨吉も慌ててPCを閉じる。
 これから外出らしい。
 ついでに先月のVDのお返しも配るのだろう、捨吉が、よいしょ、と棚から大きな紙袋を取り出した。

「大変ねぇ、捨吉くん」

 見目良い真砂のお供をしていると、こういう時期はもっぱら荷物持ちだ。
 苦笑いするあきの横で、深成が、ぷーっと頬を膨らませた。

「あれ深成ちゃん、どうしたの?」

 目ざとくそれに気付いたあきが、にまにましながら深成に突っ込む。

「……ううん。課長、一つも食べてないのに、ちゃんとお返しするんだなって」

「そりゃ、食べてないなんて向こうは思ってないだろうし。カードもちゃんと読んで貰ってると思ってるだろうしね」

 目尻を下げたままあきが言うと、深成は、そうだけど、と小さく呟き、PCに向き直る。
 が、相変わらず頬は膨らんだままだ。

---あらあら。さすがの深成ちゃんも、課長が他の女と絡むのは嫌なのね。貰わなくても、お返しするときにまた何か言われるかもだしね。ふふ、随分課長に対する態度が変わったわねぇ。こんなに自分の感情が出ることもなかったと思うけど---

 今までも深成は結構感情が素直に出ていたが、何となく色恋っぽい感じではなかったのだ。
 好きは好きでも色気はないような。

 だが最近は、何だか微妙に空気が違う。
 真砂のことを、ちゃんと男として好いているように思うのだ。

---なぁんか、あったってことよねぇ……---

 あからさまにヤキモチを焼くのだって、色恋として真砂を意識しているが故だ。

「課長がモテるのは、今に始まったことじゃないでしょ? 毎年のことよ。課長が入社してから、ずーーっと続いてる恒例行事なんだから、気にすることないわよ。あのお返しも、社長が用意したものだしね。会社から会社への手土産扱いよ」

 ぽん、と深成の肩を叩くあきをちら、と見、深成はコートを着る真砂に目を向けた。

---ま、真砂は格好良いもんね……---

 毎日見ているが、毎度惚れ直す格好良さだ。
 そう思うのは、深成ならではのノロケではないだろう。
 そんな男を世間が放っておくはずがないのだ。

---んでもっ! 真砂はわらわのなんだからねーーっ!!---

 何といっても深成は真砂と一緒に住んでいるのだ。
 皆には秘密の関係だが、十分真砂に愛されているのは感じる。
 それに気付き、深成は、うん、と頷いた。

---そうだよ。あんなに真砂が優しくしてくれるのって、わらわだけだもんね---

 やっと頬の膨れを直し、仕事に戻ったところで、荷物を持った捨吉が、深成のほうに身を寄せた。
 こそっと小声で耳打ちする。

「あのさ。ちょっと相談があるんだけど。今日、ご飯食べに行かない?」

「え? あ、えっと。ん~、でもいつ帰ってくるのさ。直帰じゃないの?」

 すでに四時である。
 今から出て行っていたら、あっという間に定時だ。
 それに真砂と一緒に住んでいる深成は、ご飯がいらないなら真砂に連絡しないといけない。

---メールしておこうかな---

 そう思って、ちらりとフロアのドアのほうに目をやると、思いっきり真砂と目が合った。
 捨吉が何か言ったのはわかっただろう。
 もっとも深成の横のあきにも聞こえないぐらいの小声だったので、内容まではわからないだろうが。

---あんちゃんだったら、別に真砂も怒らないよね---

 そう思い、深成はこくりと頷いた。