【キャスト】
課長:真砂 派遣事務員:深成 女子社員:捨吉・千代・あき
医師:きし献血センター医師
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 その日は朝から深成はどんよりしていた。

「そんな調子悪そうだったら、健康診断で引っかかりまくるぞ」

 しょんぼり、としている深成に、真砂が言う。
 今日は会社での健康診断だ。

「だってっ。注射されるもん」

「……逆だ。採血だろ」

「針刺されるのは一緒だもんっ」

 深成は注射が大嫌いだ。
 去年も結局真砂に押さえつけられて行われた。

 そういえば、針が刺さった後の記憶がない。
 気が付いたときには、長椅子に寝かされていた。

「注射ぐらいで気を失う奴も珍しいよな」

「怖いんだもんっ。考えただけでどきどきする」

「どれ」

 不意に真砂が手を深成の左胸に当てた。
 ちなみに二人は起きたところ。
 もう半同棲状態だ。

 今日は朝ご飯は食べられないので、その分時間があるわけだ。

「ほんとだ。動悸が激しい」

「ちょ、ちょっと課長っ」

 起きたところということは、ベッドの上ということだ。
 後ろから胸を触られ、深成は慌てた。
 が、真砂はそのまま深成を抱く手に力を入れる。

「こんなどきどきしてると、血圧でも引っかかりそうだな」

「こ、これは課長のせいだもんっ」

 わたわたと暴れていた深成だが、不意に身体を捻ると、ぴと、と真砂に抱き付いた。

「……嫌だなぁ。怖いよぅ」

 しくしくと沈む深成の頭をしばらく撫で、真砂は息をついた。
 今年は若干深成と時間がずれている。
 ついていてやることは出来ない。
 通常業務であれば融通が利くが、運悪く会議が入っているのだ。

「ついててはやれないが。まぁ……頑張ることだな。最近は、そんな下手な奴もいないし」

 よしよし、と頭を撫で、真砂は深成の顎を持ち上げた。

「頑張ったら、褒美をやるよ」

 そう言って、キスをする。

 はたして真砂の言う『褒美』は何なのか。
 それは深成にとっても『褒美』なのか。

 ちらっと思ったが、深成は大人しく真砂のキスを受け入れた。



 十時が近付くにつれて、深成の顔色が悪くなる。
 PCに向かっていても、心ここにあらずで仕事もはかどらない。

「深成、大丈夫か? 顔色悪いよ?」

 斜め前から捨吉が、心配そうに言う。
 上座の真砂が、ちらりと深成を見た。
 可哀想なほど青ざめている。

「……うう……。健康診断が近付いてくる……」

「なぁんだ、そんなことかぁ」

 あははは、と明るく笑う捨吉を、きろりと深成が睨んだ。

「そんなことって何さっ。ああああ、もぅ、嫌だなぁ~~」

 深成が頭を抱えていると、フロアのドアが開いて、ばたばたばた、とゆいが走って来た。

「あきぃ~。ちょっと、あんた健康診断行った?」

「まだ」

 素っ気なく言うあきにもめげず、ゆいは、ずいっとあきに身体を寄せた。

「さっきちらっと見たんだけど、今年も採血の先生、あのイケメンよぉ!」

 きゃっきゃっとはしゃぐ。
 が、でかい声で言った後で、すぐ前に捨吉がいることに気付き、ゆいは慌てて口を噤んだ。
 そのまま、そそくさと去っていく。

「今年も……って、去年の先生ってことか」

 あきの隣にいた千代が、思い出すように空(くう)を眺める。

「……ああ、確かにちょっとイケメンだったかな? フレンドリーな先生ではあったよね」

 言いつつ、ん? と首を傾げる。

「あれ? でも……何か途中から記憶がないわ。どうしたんだろう?」

「あ、そういえば千代姐さん。去年、確か採血の途中で倒れたんですよ」

 あきが、ぽんと手を叩いて言う。
 深成も、そういえば、と記憶を辿った。

 去年、千代が採血をしているとき、深成はパーテーションの裏にいた。
 しばらく親しげに喋っている声が聞こえていたのだ。
 が、途中から千代の声が聞こえなくなった。

---そだ。そういえば、何か直接採ってもいいか、みたいなこと言ってたな。わらわが様子を見に行ったとき、あの先生、千代を抱き締めてたような---

 う~む、と考える。
 医師の言葉の意味は経緯を見ていないのでわからないが、特に妙なことをした感じではなかった……ような。

---うん、先生も千代がいきなり気を失ったから支えただけだって言ってたし。あ、気を失うのは、わらわだけじゃないじゃん---

 結構途中で気絶する人間が多いのであれば、深成がぶっ倒れても驚くことなく助けてくれるだろう。
 少し安心したが、注射の恐怖は変わらない。
 うう、と唸っている間に、時計は十時を指し、真砂がノートPCを持って立ち上がった。

「あれ課長。課長は会議ですか」

 問診票を書いていたあきが顔を上げ、真砂を見る。
 大体同じ課の者は同じ時間なのだ。

「ああ。俺は会議が終わってからだ」

 おやおや、とあきはひっそり隣の深成を盗み見る。

---なるほど。だから深成ちゃん、こんなに怖がってるのね。課長がついててくれないと不安でしょうしね~~---

 にまにま、と俯いて笑うあきの横で、仕方なく問診票を書いている深成の後ろを通り様、真砂は、ぽん、と深成の頭に手を置いた。
 そのまま出ていく。
 ふおぉっ! と鼻息を荒げながら、あきは相変わらず深成を窺うのであった。