「うわぉ~。海だぁ~」

 旅行当日。
 昼前には目的地に着いた。
 車を止めるなり、深成が駆け出していく。

「おい、あんまり海に近付くな。流されるぞ」

「わらわ、子供じゃないっての」

 真砂の注意に、ててててーっと駆けながら答えた深成が、砂浜に入るなり、足を取られてすっ転ぶ。

「言わんこっちゃない」

 呆れたように言い、真砂はトランクから荷物を取り出した。
 捨吉が、慌てて深成のほうに駆け寄る。

「大丈夫?」

 砂まみれでへたり込んでいる深成を助け起こす。

「見事に砂だらけだなぁ。怪我はしてない?」

「うん。大丈夫」

 ぱんぱんと砂を払っていると、どたどたどた、と背後で激しい砂埃が上がった。
 ぎょ、と振り向くと、ゆいが突進してきている。

「きゃ~~」

 捨吉の横で、ゆいが何故か嬉しそうに叫びながら、砂に突っ込んだ。
 豪快に巻き上げられた砂が、しゃがんでいた捨吉と深成に降りかかる。

「ゆ、ゆいさん。大丈夫?」

 驚いたお蔭で、うっかり捨吉が声をかけた。
 ゆいの思う壺だ。

「いたぁ~い。転んじゃったぁ」

 痛いというわりには笑顔で、ゆいは捨吉が助け起こした手を、ぎゅっと握る。

「あ~あ。ったく、あんな砂まみれで、どうするつもりなんだか」

 車から荷物を出しながら、千代が呆れた顔で言う。
 さりげなく千代が出した荷物を取り、清五郎が先に立ってコテージの階段を上がった。

「ま、子供は遊ばしておけばいいさ」

 笑いつつ鍵を開け、中に入る。
 羽月が、ちょっと砂浜で戯れる三人を気にしつつ、後に続く。

 羽月も仲間に加わりたいところなのだろうが、如何せん荷物が多い。
 さすがにこの荷物全部を上司に任すわけにもいかず、後ろ髪を引かれる思いで荷物を運んだ。

 コテージの中は、どーんと広いリビングにキッチン、バスルームとトイレ。
 それに、中二階のようなロフトがある。

「おお、小ぶりだがさすがに綺麗だな。ワンフロアでも広いし。あのロフトで女子組が寝ればいいか」

 清五郎が荷物を置いて家の中を見回した。
 さすがに皆で雑魚寝はしないようだ。
 ゆいを警戒してのことかもしれないが。

「わー、綺麗だね~っ」

 深成が、てててーっと駆け戻ってきた。
 千代が慌てて深成をウッドデッキで押し止める。

「こらっ。砂まみれじゃないか。そんな状態で中に入っちゃ駄目だよ」

「そっか。じゃ、皆、海に行こうよ!」

 嬉しそうにはしゃぐ深成が、皆を誘う。

「課長~っ! 泳ぎに行こうよぅっ!」

「今すぐかよ。着いたばっかだろ。ちょっとは休ませろ」

「え~、時間勿体ないじゃんっ! 課長、じじくさい~」

「お前よりはおっさんだからな」

 言い合う二人をにまにまと見つめていたあきだったが、ふと我に返った。
 深成が戻って来たということは、今浜辺には、捨吉とゆいが二人だけなのでは。

「そだね! 深成ちゃん、遊びに行こう!」

 置いた荷物から素早くビーサンを取り出し、あきは履いていた靴を履き替えた。

「ん、うん。あ、わらわもビーサン……」

 深成がわたわたしている間に、あきは、だっと駆け出していく。

「わぁん。あきちゃん、待ってぇ~」

 結局深成は靴を脱ぎ棄てて、裸足であきの後を追った。

「やれやれ。若いモンは元気だなぁ」

 清五郎が笑いながら伸びをする。
 そして、買って来た食材を冷蔵庫にしまうと、ビール片手に海側に張り出している玄関横の広いウッドデッキに出た。

「おっさんは海で遊ぶよりも、海を見ながら酒を飲むほうが楽しいな」

「確かにな」

 清五郎に渡されたビールを開け、真砂もウッドデッキにあるデッキチェアに腰掛けた。
 千代が、適当におつまみを見繕って持ってくる。

「お千代さんも遊んでくるか? それとも飲んでおく?」

「今日はまだ日焼け対策してませんもの。課長たちのお相手をしておきますわ」

「それは光栄だ」

 ははは、と笑いつつ、清五郎は何となく所在なさげにしている羽月に目を向けた。

「お前も遊んできたらどうだ?」

「あ、はい。じゃ」

 遊んでいる子供組に混じるタイミングを逃していたらしい羽月は、清五郎に言われて、ぱっと駆けて行った。

「何も今あんなに必死で遊ばんでも、明日一日あるだろうに」

 真砂がビールを飲みつつ、前の砂浜で子犬のようにじゃれ合う五人を見る。
 波打ち際で波を避けては、歓声を上げて駆け回る。
 深成と捨吉、羽月は短パンなので、膝ぐらいまで海に浸かって遊んでいる。
 まるで子供だ。

「ま、あれだけ喜んでくれると、こっちも連れて来た甲斐があるってなもんだ」

 まるで父親のようなことを言い、清五郎はのんびりと、真砂と酒を酌み交わした。