「あとは真砂さんかぁ」

 捨吉が、ちらりと一番奥のドアを見る。
 深成の部屋の、向かい側だ。

「昨日も遅かったみたいだし、まだ寝てるのかなぁ」

 ちょっと困ったように言う捨吉の横を、千代が軽い足取りですり抜けた。
 そして、軽く扉をノックする。

「真砂様ぁ。起きてらっしゃる?」

 ぎょ、と他の三人が固まる。
 心の内は、それぞれだが。

---『様』? 『様』ってどういうこと?---

 ということに驚いたのは深成。
 捨吉とあきは、『あの真砂にそんなことをするなんて』という驚き。
 ……あきは若干羨ましさと、立場を置き換えた妄想も入っているが。

「真砂様~、あら」

 ノブにかけた手を回してみると、あっさりと回ったことに、千代は少し意外そうに言いながらも、すぐに嬉しそうにドアを開ける。

「真砂様ぁ、失礼しちゃいますわよ~」

 甘えた声を出し、千代は部屋に飛び込んだ。
 が。

「きゃんっ」

 千代の小さな叫び声。
 ばす、という何かが当たる音もした。
 多分、クッションだか枕だかが飛んできたのだろう。

 だがそんなものでは怪我はしないし、何より投げられた千代自身が、慣れっこのようだ。
 部屋から飛び出してくることもない。

「もぅ~。ドアを開けておくなら、そう言ってくださらないと。夜のうちに知らせてくれましたら、わたくし忍んで来ましたのに」

 初めの攻撃をものともせず、千代の声がし、続いてぎし、とベッドの軋む音。
 深成は、ちらりと傍の捨吉を見上げた。
 捨吉は困ったような顔をして、力なく笑った。

「千代姐さんは、真砂さん大好きだからさぁ」

「へぇ……」

 だからといって、こういうのは風紀衛生上どうなのだろう、と思いつつ、だがあの千代が好いている男というのが気になる。
 どんな人なのか、と興味にかられて足を踏み出した深成だったが、いきなり自分が踏み出した地面が消える。
 え、と思ったときには、足元には大穴が口を開けていた。

「おっと」

 間一髪のところで、捨吉が支えてくれる。

「気をつけないと。この家には、罠がいっぱいなんだ」

 言わなかったね、と軽く言い、捨吉は明るく笑った。

「ほぅ。落ちなかったのか」

 不意にかけられた声に顔を上げれば、例の部屋から男が顔を覗かせている。
 これまた驚くほどの美形だ。
 
 だが眼光の鋭さは尋常ではない。
 というか、それ以前に、慌てて深成は目を逸らせた。
 男は、ハーフパンツ一枚だったのだ。

「この人が、真砂さんだよ。真砂さん、この子、真砂さんの部屋の前だから、罠教えてあげてくださいね」