さて待合室では、捨吉がはらはらと治療室のほうを見ていた。
 物凄い悲鳴が聞こえるのではないかと、気が気ではなかったのだ。

 が、予想に反して悲鳴(というか拒絶の叫び声)が聞こえてきたのは初めだけで、あとは静かになった。
 それがまた、捨吉の不安を掻き立てる。

---あの深成が、静かに治療を受けるとも思えない。暴れまくって、治療室が血の海になってなければいいけど。いやこの静けさでは、それはないだろう。もしかして、全身麻酔されたのかな。いっその事、そっちのほうが楽でいいかも---

 歯医者の器具は高い。
 もし深成が暴れまくって何か壊したりしていたらどうすればいいのか、と悶々としていると、深成が現れた。

「あ、深成。大丈夫か?」

 深成に駆け寄り、捨吉は、ざっと彼女の身体を見た。
 暴れた形跡はない。
 というか、何を心配してるんだか。

「ちゃんと大人しくしてた? 先生に蹴りとか、入れなかっただろうね?」

 くどくどという捨吉に、深成はこっくりと頷いた。
 そして、持っていたぬいぐるみを、ずいっと差し出す。

「……何だい、これ」

「……」

 深成は黙ったまま、ちょい、と診察室のほうを指さした。

「貰ったの?」

 再び、深成がこっくりと頷く。
 捨吉は深成を覗き込んだ。

 頬の腫れは引いている。
 喋らないのは、痛いからではなさそうだ。

 そのとき、受付にあきが入ってきた。
 その後ろで、真砂が何かあきに指示している。
 捨吉は、受付に駆け寄った。

「あの。治療は終わったんですよね? 妹が、喋らないんですけど」

 奥の真砂が、顔を上げた。

「ああ、麻酔が切れてないんだろ。喋れないこともないはずだが、片頬が痺れて上手く話せない。しばらく黙ってりゃ、そのうち治るさ」

 受付のカウンター越しに言う真砂に、深成が、たた、と駆け寄った。
 カウンターから手を伸ばし、真砂の袖を掴む。

「こら深成。どうしたのさ」

 慌てて捨吉が割って入ろうとするが、深成はぎゅ、と真砂の袖を掴んで離さない。
 じ、と真砂を見、次いで捨吉を見る。

「ふふ。深成ちゃん、先生の腕に惚れ込んだわね」

 カウンターに座ったあきが、面白そうに口を挟んだ。

「ね、だから言ったでしょ。先生は上手だから、怖くないって」

 あきの言葉に、深成はまた、こっくりと頷いた。
 そして握った袖を小さく振りつつ、真砂に向かって、こくこくと頷く。
 真砂はちょっと困った顔をして、あきを見た。

「ふふふ。先生、深成ちゃんは、先生の治療に感動してるんですよ。感謝の気持ちです」

 目じりを下げて言うあきに、真砂は再び深成を見た。
 あきの解説を肯定するように、深成は真砂と目が合うと、にっこりと笑った。

「……まぁ、甘いものは控えることだな。歯磨きを怠るなよ」

 ふい、と目を逸らし、真砂はさっさと奥へ消えた。
 その後ろ姿に、深成はぶんぶんと手を振る。

 無邪気な深成は気付いてないようだが、あきは先ほど、深成に笑顔を向けられた真砂が、一瞬だけ微妙な表情になったのを見逃さなかった。

「そんなに上手だったのか。良かったなぁ、深成」

 会計を済ませ、にこにこと上機嫌で帰っていく兄妹を見送るあきの顔は、にまにまと緩みっぱなしなのだった。

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 うう~ん、歯医者さん編は意外と難しい。
 というのも、器具の名前がさっぱりわからんのですよ。例の如く調べたんですけどね、載ってないっていう。
 名前ないの?( ̄▽ ̄;)そんなわけないよね。

 何気にこの深成の態度は、左近の(心の中での)態度と同じだったり。深成の恐怖はよくわかる。
 何で歯医者ってあんな恐怖なんでしょうか。そして覚悟を決めて治療しても、結局そこからまた蝕まれるじゃん。

 ここでの真砂の治療法は、左近が行ってた歯医者さんですな。麻酔の注射を直前まで見せないとことかね。
 歯医者の麻酔って、ピストルみたいなんですよね。ごっついというか。

 左近も深成と一緒で、痛くなければ上手でも下手でもいいです。とにかく麻酔をしてください。でも麻酔の注射は上手であってください、と。
 とにかく歯医者は嫌いです(;一_一)

2014/10/16 藤堂 左近