風の放浪者


 誰もいないと思っていた建物内に、人の気配を感じ取った。

 この気配は修道女や修道士と違い、別のもの。

 といって精霊が発する独特の雰囲気がなく、そのどれにも当て嵌まらない。

 元気だね。

 ふと、若い男の声が耳に届く。

 その声音に慌てて振り返り周囲を見渡すも、其処には誰もいない。

 だが、聞き覚えのあるその声音に心臓が激しく鼓動しだし、何かを期待する。

 エリザは姿を見せて欲しいと懇願し視線を空に走らせるが、相手が姿を現すことはなかった。

 有難う……さようなら。

 ただ、それだけの言葉を残して相手の気配は消え去ってしまう。

 エリザの心臓が強く握り締められるが、涙が流れることはない。

 泣いてしまったら、笑われるという思いがあったからだ。

 その時、ハッキリとした足音が響き渡る。

 音の主はエリックで彼はエリザを捜していたらしく、エリザの姿を見付けると軽く利き腕を上げ合図を送る。

 しかし、何処か様子がおかしい。

 どうやら妄想の世界でも見事にふられたのか、互いに視線が合うとエリックは苦笑いを浮かべ何処か切なそうな表情を作る。

 その表情にエリザは吹き出すと、急に笑い出してしまう。

「な、何?」

「何でもありません」

「うわー、気になるよな」

 しかし、エリザは頭を振るだけで何も言うことはない。

 そして微笑をエリックに向けながら、相手に想いを心の中で伝える。

 此方こそ、有難う。

 私、頑張ります。

 それが、最初で最後の言葉であった。


◇◆◇◆◇◆


 その後、エリザの働きにより正しい記録と真実が残されていく。

 そのことにエリックが影で関係していたことは、誰も知らない。

 そう、これもまた神話の一部分となっていたからだ。