でも、彼が発したのはそれとは何ら関係のない仕事の用件。



「六月に入ったから、またアンケート渡しておくね。あと献立表も」

「あ、はい。わかりました」

「あと、監査は大丈夫だったかな?」



──監査。その単語は、今の私にとっては呪いの言葉と同じようなものだ。

同時に専務の憎たらしい顔も脳裏を過ぎり、私はぎこちなく笑みを作る。



「な、なんとか……。細かい所を結構指摘されちゃったんですけど、皆にも話して改善したので」

「そうか。ごめんな、俺も掃除とか手伝えればよかったんだけど」

「いえ、そんな……」



監査の結果よりも、専務に言われたことを相談したい衝動に駆られて唇を結ぶ。

会話が途切れると、顎に手をあて何か考えるような仕草をした椎名さんが、躊躇いがちに口を開いた。



「春井さん、この間は……」



仕事中だから当然だけれど、名前で呼ばれないことに少し寂しさを感じつつ、ついにあのことが話題に出る……?と緊張が走った次の瞬間。

私の後ろで、ガチャリと廊下に繋がるドアが開かれた。



「──あぁ、お揃いで。ちょうど良かった」



げ、専務……!!

今日はキラキラとしたオーラを放ちながら、私達ににこりと微笑む。

顔を引きつらせる私になんてまったく気付かない椎名さんは、専務に向かって会釈した。