久しぶりに、本当に久しぶりに啓と話した。
もちろん楽しい話のわけはない。
病院のロビーで、二人並んで座った。


「雛、」

「ん?」

「あのさ、……お花とかもういいから。」

「え?」

「いや……、すごくありがたいし、香織も喜んでるけど。でも、なんか悪いし。」

「いいの。どうせ売れ残る花なんだから。病室が綺麗な方が、香織さんだって元気でるでしょ?」

「……そうだね。ありがとう。」


啓は疲れたような顔で、ふっと微笑んだ。
久しぶりに見たその笑顔が切なすぎて、私は苦しくなる。


「香織は……もう長くない。」


それはなんとなく分かっていた。
でも、啓の口から聴くと、なんだか本当になったようで嫌だった。

私が黙っていると、啓は畳みかけるように言った。


「香織は、もういつ死んでもおかしくないんだ。医者がそう言っていた、でも!僕は信じたくないんだよ……。」


啓の気持ちは痛いほどわかる。

でも、現実としてそれがどれほど、無意味な祈りにすぎないかも分かっていた。

香織さんはもう、起きていることはできなくなっていた。
自分の口から、食べ物を食べることも。
あの時みたいに、おいしそうにフィナンシェを食べることは、もうできない。
点滴のチューブから運ばれる栄養だけで、彼女は生きていた。


それでも、張りのある綺麗な声はそのままで。
まるで元気に、起き上がりそうな様子で。
それが一層、死、なんてものから遠くに感じさせるけれど。


「啓……、」

「何?」

「私に何ができるかな。言って、何でも言って。」

「ごめん……何もないよ。……僕だって何もできない。」


啓が苦しげに言って、頭を抱える。
私はそんな啓を見ていたくなくて、思わず目を逸らした。


「ただ……ひとつできることとすれば……、」

「なに?」

「そばにいること。それだけだ……。」


啓の言葉が暗い廊下に響いた。


私は黙って、その言葉の意味をかみしめていた。