考え事をしながら一日を悶々と過ごしているうちに、ベッドの上で眠ってしまった。
まだ肌寒い3月。
目覚めると、本当に風邪をひいてしまったような感覚だった。


もう一度ベッドに潜って、眠りに落ちる。
ぼうっとした頭の中で、啓が微笑んでは消えて行った。


どれくらい経っただろう。
インターホンの鳴る音で目覚めた。


「誰だろう……。」


鏡を覗くと、熱っぽさを含んでうるんだ瞳の自分と目が合った。
泣き腫らしたせいもあるだろう。
こんな顔で人に会えない……。

でももう一度、控えめな音で呼び鈴が響く。

私は上着を羽織って、冬眠から覚めた熊のようにのっそりとドアを開けた。


「はい……。」

「起こしてすまない。大丈夫?」

「啓……。」

「ごめん、やっぱりまずかったね。ベッドに戻りな。」


啓がそっと私の腕を支えて、奥の方に連れて行こうとする。


「啓……大丈夫。大丈夫だから……。」


本当は帰って、と言いたかった。
好きだから、だからつらいんだ。
そんなこと、そんな気持ちは啓には分かるはずないけれど。
啓に優しくされるたびに、胸が張り裂けそうに苦しくなるんだ……。


言われた通りにベッドに入ると、その脇で啓はしゃがみこんだ。


「こんなのなら食べられるかな、と思って。……気が向いたら食べてね。」


枕元に置かれたゼリーが、ひんやりと心地よかった。
でも、もう限界だった。
啓の顔を見ないように、枕に顔を伏せる。


本当は素直に、ありがとうと言いたかった。

でも今口を開いたら、啓を傷つける言葉しか出てこないような気がした。


「雛、僕がここにいても邪魔だよね。一応帰るけど、何かあったらすぐ連絡して。これ、携帯の番号。」


枕元にメモが置かれる、カサリという音がした。
私はぎゅっと目を閉じた。
そうしないと、涙がこぼれそうで。


「あと、鍵どうする?僕がかけていってもいいけど。どうせ明日また来るから。」

「大丈夫。……後で自分でかけるから。」

「そう?じゃあ。ゆっくり休んでね。」


啓が行ってしまう。
私は顔を上げてその後ろ姿を見つめた。
部屋のドアが静かに閉まる。
結局、お礼を言い損ねてしまった。


身を起こして、さっきのメモを拾い上げる。


啓のことをこんな形で知っても、もう何の意味もないと分かっているのに。

それなのに、私は、その紙きれを両手で包んで胸に当てた。



本当にもう、どうしようもないほど、啓が好きだと思った―――