ある日の午後、思いがけない来客があった。


「すみません。フラワーショップ若月ってこちらですよね?」


はい、と言いかけて、息が止まりそうになった。


「あ……香織さん……。」

「え?どうして私の名前を?」

「あ、いえいえ。いらっしゃいませ。」


心臓がばくばくして止まらなかった。
それはあの夜に、啓が花束を贈った女性その人だったのだ。


「どのようなご用件ですか?」

「この間届けていただいたお花、とても綺麗で!だから私も、来てみたんです。そんなに遠くないしね!」

「ありがとうございます。」

「あ、もしかしてあなた、この間お花を届けてくださった方?だから私の名前を?」

「あ、……ええ。この店は、私一人で切り盛りしているので。」

「そうなんだあ。えらいわね!」


あの時より、少しやせたような気がした。
華奢な体つきに、つやのあるセミロングの髪。
良く通る声。

太陽の光の下で見ると、彼女はより一層輝いて見えた。


「若月さんって何歳?」

「えと、28になります。」

「へえ!私は30歳。ちょっとだけ年上ね!」

「そうなんですか。」


私は本当は、最初に彼女に会った時から、彼女のことが好きだったんだ。
でも啓への思いが邪魔して、そんなふうに思えなかった。

今では啓のことは置いておいて、彼女のことが好きだと思った。

その気さくな性格も、真っ直ぐなまなざしも好きだった。

それは私にないものばかり。

とってもうらやましくて。


「香織さん、って呼んでいいですか?」

「もちろん!えっと、若月……若月なんていうの?」

「雛、です。」

「雛ちゃん!かわいい!ぴったりな名前ね!」

「そんな……。」

「私、雛ちゃん大好きよ!奥ゆかしくて控えめで、それでいてちゃんと芯があるの。私、そういう人好き。」

「私も……私も香織さんが好きです。」

「ほんとに?ありがとう。じゃあ、私たち友達ね!」

「ええ!」


そして二人は握手をした。
啓と知り合ったときと同じ。

啓と香織さんが知り合った時も、こんなふうに握手したのかな、とぼんやり思った。