異世界で家庭菜園やってみた

エルク卿の屋敷を辞し、馬車も宿に帰らせてしまってから、悠里とウリエルは石畳の街を歩いていた。

(この先の市場に行って、何かおやつでも)と考えていた時だった。

前を歩いていたウリエルが振り向いて、「ここに入ろう」と脇の建物を指差した。

「ここって……レストランですか?」

とてもそんな感じの店には見えないのに、悠里は呆けた顔でそう言った。

「いや。違うよ。リュール王国商工会議所」

けれどウリエルはそれ以上は教えてくれず、さっさと建物に入って行く。

「あ、ちょっと。待ってくださいよ、ウリエルさん!」

悠里も慌てて、後追って中に入った。

そこは事務所のような所なのか、うず高く書類の積まれた机や座り心地の好さそうな椅子が並んでいた。

きょろきょろと見回す悠里を尻目に、ウリエルは受付嬢と思しき妙齢の女性に声を掛けている。

「お約束は?」

女性は艶めかしい声でそう訊ねた。

「いえ、ありません。ですが、ディントのウリエルが来たと言って頂ければ、分かってもらえると……」

「……では、少々お待ちを」

受付嬢が奥の部屋に入って行くのを見届けると、ウリエルは小さく息を吐いた。

「ウリエルさん?」

「俺の知り合いなんだけど、少々難しい人だから……」

「あ、会わなきゃだめなんですか?」

「あの人は顔が利く。俺たちが一から話を決めて行くことを思えば、渡りをつけておいた方がいい」

「……」

心なしかウリエルが緊張している。悠里はそう感じた。

「お待たせ致しました」

受付嬢が戻って来て、件の人物が会うと言っていると告げた。

「良かった。ありがとうございます」

「ただ、ご面会の時間は十五分ほどしかございません。何分お忙しい方ですので」

「分かりました」

受付嬢に一礼すると、ウリエルは悠里に「行こう」と声を掛け、奥の部屋に向かった。

悠里は受付嬢の探るような視線に怯えながら、ウリエルの後を小走りで追いかけた。

扉をノックしたウリエルは、一度悠里に視線をやると、安心させるように微笑んだ。

(うっ。わたし、そんなに不安そうな顔してたかな……)

悠里は思わず両頬に手を当てた。

「どうぞ」

中から聞こえた、低く抑揚のない声に、ぴっと背筋が伸びる思いがした。

声だけで、人を威圧することの出来る人種。

いったいウリエルはどんな人に会いに来たのだろう。

悠里はウリエルの微笑みを受けてもなお不安になりながら、ウリエルの後に続いて部屋の中に入って行った。