異世界で家庭菜園やってみた

「残念ながら、ロンドベル子爵。たかが農機具一つで我が国の技術を使う訳には参りません。そちらのお嬢さんの道楽に付き合っている暇は、我々にも、職人たちにもないのです」

ウリエルの知り合いだというリュール王国の外交官エルク卿は、そう言って、あっさり断ってきた。

「そ、そんなあ……」

がっくり項垂れる悠里を横目で見ながら、ウリエルはその外交官に浅い笑みを向けた。

「しかし、我が国の市場には、あなたの国で作られたさまざまな鉄製の道具が溢れております。それらは民間で取引されている。そういったルートを使えば、不可能ではないでしょう?」

「ロンドベル子爵。職人も暇ではないのですよ。今の契約でいっぱいいっぱい。あっぷあっぷしている状況です。諦めて、別の方法を探して頂ければと思うのですがね」

「……エルク卿」

ウリエルの挑むような視線に、エルク卿は怯んだような表情を見せた。

だが、ウリエルのそんな視線もほんの一瞬のことで、彼はすぐにいつもの感情の読めない飄々とした表情に戻っていた。

「これ以上のごり押しも、エルク卿のお立場を考えれば申し訳ないことです。諦めるしかなさそうですね」

そして溜め息と共に、そう言った。

「ウリエルさん!?」

「ディントからわざわざ訪ねて下さったのに、お力になれず申し訳ない。ご帰国の前に、少し観光でもなさったら……」

エルク卿は人の好さそうな笑みを浮かべて、ウリエルと悠里を交互に見た。

「ああ。それはいいですね。いつも外交でお邪魔しても、観光などする暇はなかったものですから。一度リュール王国の先進的な街並みを拝見したいと思っていたのですよ。我が国では、決して望めないものですからね」

「確かに……ディントもなかなか複雑なようですからな。では、観光協会から案内の者を……」

「有り難いお申し出ですが、せっかく彼女と初めての旅ですから。二人きりでというのを、お許し頂ければ……」

どうやらウリエルはまた、恋人の振りをするつもりらしい。

悠里が戸惑った笑みを浮かべているのを、幸いにもエルク卿は気付かなかったようだ。

「おお。では、やはり、お二人はそのようなご関係でいらしたのですね。では、我々も無粋な真似は致しますまい。ロンドベル子爵のご要望を叶えて差し上げられなかったお詫びに、恋人さまとの楽しい時間をお約束致しましょう」

「それは、有り難いことです」

ウリエルとエルク卿との見えない部分での駆け引きに悠里が気付く筈もなく、悠里はただただウリエルとまた気まずくならないことを祈るだけだった。