すると突然ウリエルが立って、悠里の隣に席を移って来た。
途端に沈み込む座席に体を持って行かれそうになりながら、辛うじて悠里は耐えた。
「この旅の間だけだ。手形の確認の時だけでもいい。ちょっと俺に、ユーリの恋人を演じさせてくれないか?」
「……ウリエルさん……?」
ウリエルの薄青色の瞳が切なげに揺れた。
揺らぐことのない瞳が、悠里を映しながら揺れている。
「嫌か?」
その声に胸がキュッと痛くなるのを感じて、悠里は慌てて首を横に振った。
「いいの?」
「ふ、振りだけですよ?」
「もちろん」
「手握ったり、キスしたりとかなしですよ」
そう言うと、ウリエルはくすっと笑った。
「キスは我慢するけど、手を握るくらいは許してほしいな」
「ええ!?」
「アシュラムには手を引かれてたじゃないか」
拗ねたように言うウリエルに、悠里は戸惑った表情を向ける。
「それは意味が違うと思いますよ?アシュラムさんはエスコートしてくれてただけですから」
「なら、俺にもエスコートさせてくれてもいいだろ」
「それは……そうですけど……」
飄々として、冷静なウリエルが、なんだか我儘な少年になってしまったみたいだった。
「ウリエルさん。そんなにわたしと、恋人の振りしたいんですか?」
「したい」
いつもなら適度な距離を保ってくれるウリエルが凄く近い。
馬車が傾いだら、唇と唇が触れそうなくらいに近かった。
ドキドキと速くなる動悸を感じて、悠里は顔を赤らめながら俯いた。
「じゃ、じゃあ、手形を見せる時だけですよ?」
「……いいよ」
「いいよ」の前の間が気になったが敢えて触れず、悠里は「じゃあ、それでお願いします」と呟いた。
不意に、ウリエルの手が悠里の顔に触れた。
びくっとして顔を上げると、ウリエルの切なげな瞳にぶつかった。
痛いくらい早鐘を打つ心臓をどうすることも出来ず、固まってしまった悠里は、ただその瞳を見つめ返すことしか出来ない。
その瞳が次第に近づいて来る。
悠里はぎゅっと瞼を閉じた。
ウリエルの唇が、かすめるように悠里の額に触れて、すぐに離れた。
(あっ)と思って瞼を開けた時には、もうウリエルは身を離し、背もたれに深く身を沈めていた。
「もう触れないって、約束するよ」
絞り出すように告げられた言葉に、悠里の胸も締め付けられる。
(ウリエルさんじゃないみたいだ……)
こんな重苦しい空気は嫌だった。
「絶対、約束ですよ」
だから悠里は怒ったように言ってしまった。
ウリエルはしばし沈黙した後、「ああ。もうしない」と言って瞼を閉じ、腕を組んで自分の中に沈んでしまったようだ。
悠里は彼から距離を取ろうと窓際に寄った。
けれど窓の外は見てはいなかった。
窓に映り込んだウリエルの姿を、ずっと見つめていたからだ。
彼の常とは違う行動に戸惑っている自分と、そんな彼から逃れようとしながら、心のどこかで受け入れようとしている自分を見つけてしまった。
そんな自分にも、悠里はひどく戸惑っていた。
途端に沈み込む座席に体を持って行かれそうになりながら、辛うじて悠里は耐えた。
「この旅の間だけだ。手形の確認の時だけでもいい。ちょっと俺に、ユーリの恋人を演じさせてくれないか?」
「……ウリエルさん……?」
ウリエルの薄青色の瞳が切なげに揺れた。
揺らぐことのない瞳が、悠里を映しながら揺れている。
「嫌か?」
その声に胸がキュッと痛くなるのを感じて、悠里は慌てて首を横に振った。
「いいの?」
「ふ、振りだけですよ?」
「もちろん」
「手握ったり、キスしたりとかなしですよ」
そう言うと、ウリエルはくすっと笑った。
「キスは我慢するけど、手を握るくらいは許してほしいな」
「ええ!?」
「アシュラムには手を引かれてたじゃないか」
拗ねたように言うウリエルに、悠里は戸惑った表情を向ける。
「それは意味が違うと思いますよ?アシュラムさんはエスコートしてくれてただけですから」
「なら、俺にもエスコートさせてくれてもいいだろ」
「それは……そうですけど……」
飄々として、冷静なウリエルが、なんだか我儘な少年になってしまったみたいだった。
「ウリエルさん。そんなにわたしと、恋人の振りしたいんですか?」
「したい」
いつもなら適度な距離を保ってくれるウリエルが凄く近い。
馬車が傾いだら、唇と唇が触れそうなくらいに近かった。
ドキドキと速くなる動悸を感じて、悠里は顔を赤らめながら俯いた。
「じゃ、じゃあ、手形を見せる時だけですよ?」
「……いいよ」
「いいよ」の前の間が気になったが敢えて触れず、悠里は「じゃあ、それでお願いします」と呟いた。
不意に、ウリエルの手が悠里の顔に触れた。
びくっとして顔を上げると、ウリエルの切なげな瞳にぶつかった。
痛いくらい早鐘を打つ心臓をどうすることも出来ず、固まってしまった悠里は、ただその瞳を見つめ返すことしか出来ない。
その瞳が次第に近づいて来る。
悠里はぎゅっと瞼を閉じた。
ウリエルの唇が、かすめるように悠里の額に触れて、すぐに離れた。
(あっ)と思って瞼を開けた時には、もうウリエルは身を離し、背もたれに深く身を沈めていた。
「もう触れないって、約束するよ」
絞り出すように告げられた言葉に、悠里の胸も締め付けられる。
(ウリエルさんじゃないみたいだ……)
こんな重苦しい空気は嫌だった。
「絶対、約束ですよ」
だから悠里は怒ったように言ってしまった。
ウリエルはしばし沈黙した後、「ああ。もうしない」と言って瞼を閉じ、腕を組んで自分の中に沈んでしまったようだ。
悠里は彼から距離を取ろうと窓際に寄った。
けれど窓の外は見てはいなかった。
窓に映り込んだウリエルの姿を、ずっと見つめていたからだ。
彼の常とは違う行動に戸惑っている自分と、そんな彼から逃れようとしながら、心のどこかで受け入れようとしている自分を見つけてしまった。
そんな自分にも、悠里はひどく戸惑っていた。


