名残を惜しむコウメさまに見送られて、悠里とウリエルは旅立った。

リュール王国は隣国とは言え、国境沿いには峰を連ねる山脈がある。その山を越えるのは、悠里の体力ではとても無理だと言うことで、ウリエルが設定したのは、ぐるりと山脈を迂回するコース。

その間に一つ別の国を通過するという、なかなか日数を要する旅程だった。

「予定としては一週間だけど、馬を代えたり、その他のトラブルがあれば、もう少し長くなるだろう。休める時に休んでおくといいよ」

ウリエルが外交の仕事でリュール王国を訪れる際は、自分の愛馬で行くので日数はもっと短くて済むが、今回は悠里も一緒だからそういう訳にもいかない。

必然的に馬車の旅となり、比較的余裕を持った旅程となっているのだ。

悠里達が乗った馬車は、ロンドベル家の家紋が付いた立派な物だった。

それは、現大公であるサベイル卿の配慮によるものだったが、そこには余計なトラブルは避けるという意図も含まれている。

正式な国の使者ではないにせよ、ロンドベル家の人間として訪問した者を軽い扱いは出来ない。

悠里の後ろ盾が、ディントの有力貴族であるロンドベル家であるということを知ら示る為の馬車だった。

ふかふかの座席に座った途端声を上げた悠里を見て、向かいの席に座ったウリエルが吹き出した。

「だ、だって。こんなにクッションが効いてるなんて思わないもん」

「馬車に乗るのは初めてじゃないだろ?外務部に行く時も乗ったんだし。ああ、でも、あの時はこの馬車ではなかったか」

「だって、日本では馬車に乗らないもの」

「へえ。皆?貴族も歩くのかい?」

「違う違う。自動車っていうのがあって、機械で動くの」

「ふうん。想像できないけど、お祖母さまの話とは違うな。人が引く車があるって聞いたよ」

「ああ、人力車ね。今でも観光地にはあるけど、実用はされてないわ。コウメさまがいらっしゃったのは七十年前だもの。その間に日本も凄く変わってしまったのよ」

「七十年で、そんなに変わるかい?」

「変わってしまったの」

「……ユーリから日本の話を聞くのは初めてだな」

「え?そうだったけ」

そう言えば、そうかも知れない。

ウリエルも敢えて聞いては来なかったし、聞かれないから悠里も話さなかったのだ。

「この前まで、日本のことを思い出したら、凄く寂しい気持ちになっていたけど。何でだろ。今はそんなことなかったよ。こっちに慣れて来たってことなのかな」

「……そうか」

「うん。こっちの世界で過ごすことに腹が据わったのかも。わたし、単純だから」

そう言って、悠里は馬車の窓の外へと視線を移した。

王都を出た途端、緑の少ない殺風景な景色になる。

そこに緑の菜園が出来た時のことを思って、悠里の気持ちがまた高揚した。

そんな悠里の横顔を、ウリエルは包み込むような眼差しで見つめていた。