異世界で家庭菜園やってみた

今まさに、アシュラムが外務卿の執務室を訪ねている。

そんなことなど露とも知らない悠里は、鉄製品を輸入するという話が頓挫してしまったために今とても憂鬱だった。

ウリエルと並んで歩きながらも、その頭の中は鍬(くわ)のことでいっぱい。

何とかして鍬を手に入れ、一刻も早くその重さを感じながら土を耕したい!

(この持って行き場のない衝動をどうしたらいいの!?)

鍬がいい。鍬じゃないとだめなの。

いささか変態じみてはいるが、悠里は本気だった。

クマのぬいぐるみに執着する幼子のように、悠里は鍬に執着しているのだ。

それは、鍬こそが彼女と祖母を繋ぐよすがであり、悠里の自己を肯定する為の拠り所となっているからだ。

だから悠里は鍬を欲する。

理屈ではなく、心の求めるままに。

悠里の必死な様子にウリエルは呆れている感じもなく、顎に手を当てて何か考え込んでいた。

「ウリエルさん?」

「鉄製品を輸入出来ないとなると、話はまた振り出しに戻るが……。しかし父上も食えない人だ。すぐに面会して話を聞こうなんて言うから、てっきり輸入に乗り気なのかと思ったら……。ただユーリに会いたかっただけだなんてな」

「肩透かしもいいとこ」だと、ウリエルは不満げに口をとんがらせた。

「ですね。残念です……」

これで鍬を手に入れられると勇んでやって来たのに、外交のトップに断られてしまったのだ。

もはや、どうしようもない。

けれど、収穫がなかった訳ではなかった。

「でも、わたし、嬉しかったです」

「え?」

「わたしのこと、家族だって言って下さったから。ウリエルさんのこと、兄と思えって」

「ああ、言ってたな」

悠里がはにかみながら言うと、ウリエルもくすりと笑った。

「俺は兄でも友人でも何でもいいんだけどね。お前がこの世界で一人きりだなんて思わないでいてくれたら、それでいいんだ」

「……ありがとう。お兄ちゃん」

外務卿も、ウリエルも、どうしてこう優しんだろう。

その優しさにキュンとなりながら、悠里は少し潤んだ瞳でウリエルを見上げた。

「おま……そう、はっきり兄ちゃんって呼ばれると、反応に困るな……」

悠里のその視線から逃げるように顔を背けたウリエルが溜め息をついた。

「ええ!?いいじゃないですか。お兄ちゃん。お・に・い・ちゃん」

「ああ、やっぱ、だめだ。それ。ウリエルでいい。ウリエルにしてくれ」

ウリエルはさも嫌そうに頭を振っている。

「そんなに嫌がらなくてもいいと思うけど」

「お前のことは守る。だが、それは兄としてではなく、友人としてだ。いいか?」

「お兄ちゃんがいいな……」

(今気付いた。わたし、ババコンの上に、ブラコンだったんだ……)

頭の中を実の兄の面影が過ぎった。

優しくて、真面目で、けれどどことなく近寄りがたい、年の離れた兄。

ちょうど、ウリエルと同じくらいかもしれない。

(そうか。わたし、お兄ちゃんとウリエルさんを重ねてしまってたんだ)

そうして少ししゅんとなった悠里の頭を、ウリエルは乱暴にぐしゃぐしゃ掻き回した。