かつて、母が密かに涙していたことを知っている。
父と大恋愛の末に結婚したのに、何故泣く必要があるのか。
母はいったい何が不満だというのか。
サベイル少年には理解出来なかった。
けれど、母がこの世界に召喚された異世界の人間だと聞かされた時、少年は母の涙の意味を知ったのだ。
ここには愛もあるし、幸せもあった。
家族があり、地位もある。
しかし母の根幹をなす、日本人として拠って立つ所はここには何もなかった。
母が今立っている場所は、とても頼りなく壊れやすい。
もし愛を失うようなことがあれば?
もし、 昨日まで味方だった者が掌を返したら?
決してそんなことはないと断言出来るのに、母はそんなことを不安に思っている。
サベイル少年はそのことに気付いてしまったのだ。
だから少年は、それまで以上に母を大切にするようになった。
彼女の不安が少しでも和らぐように。
彼女に向けられる愛が不変のものであることを信じてもらうために。
何があっても、自分だけは母の味方なのだと。
例え今の身分や地位を失ったとしても、息子である自分だけは、あなたの側にいるのだと。
サベイル少年は繰り返し、母に話した。
「お前は本当に聡い子ね」
母は織機の前に座りながら、少年の頭を撫でる。
「お前は、少しお祖父さまに似ているわ。日本にいる、お祖父さまに……」
「なら、僕がお祖父さまの代わりに母上を守るよ。何があっても、僕は絶対母上のお側にいるもの。だからね。だから、母上……」
「なあに?」
「もう一人で泣かないって、お約束してくれる?」
「まあ」
絶句する母に、サベイル少年は母が泣いているのを盗み見ていたと正直に打ち明けた。
「そう。だから、こんなお話を母さまにしてくれたのね……。ありがとう、サベイル。ええ、そうね。母さまは少し寂しかったのだわ。お父さまやあなたがいて下さるのに、つい日本のことを思い出して……。家にいるのが嫌で飛び出したくせに、母さまはやっぱり日本が好きなのね。日本や、日本にいる、あなたのお祖父さまやお祖母さまが好きなんだわ。だから、少しね。ほんのちょっぴり、寂しくなってしまったのよ」
そう話す母は、今まで見せたことがないくらい、悲しそうな顔をしていた。
「ごめんなさいね。サベイルにも辛い思いをさせてしまったわね」
ふるふると首を振る少年に、母は微笑んだ。
「母さま、もう泣かないわ。あなたがいるもの。父さまがいるんだもの」
すると、サベイル少年はまた首を横に振った。
「泣いていいよ。母さま。泣くのを我慢しちゃだめだよ。僕も一緒に泣いてあげる。母さまが寂しくて泣いちゃった時は、僕も一緒に泣いてあげるから。だから、だから、もう一人で泣かないで」
母は少年を抱き寄せた。
そして何度も何度も「ありがとう」を繰り返した。
彼女はこの時から、本当の意味でこの世界で生きることを受け入れたのかもしれない。
愛する息子と寂しさを分かち合うことで、頼りなかった彼女の足元はしっかりとした地盤となり、そして『コウメさま』として国民から慕われる慈母となった。
心穏やかに、家族とこの世界を愛する。
その姿勢は、息子であるサベイル少年なくしてはありえなかったのだ。
父と大恋愛の末に結婚したのに、何故泣く必要があるのか。
母はいったい何が不満だというのか。
サベイル少年には理解出来なかった。
けれど、母がこの世界に召喚された異世界の人間だと聞かされた時、少年は母の涙の意味を知ったのだ。
ここには愛もあるし、幸せもあった。
家族があり、地位もある。
しかし母の根幹をなす、日本人として拠って立つ所はここには何もなかった。
母が今立っている場所は、とても頼りなく壊れやすい。
もし愛を失うようなことがあれば?
もし、 昨日まで味方だった者が掌を返したら?
決してそんなことはないと断言出来るのに、母はそんなことを不安に思っている。
サベイル少年はそのことに気付いてしまったのだ。
だから少年は、それまで以上に母を大切にするようになった。
彼女の不安が少しでも和らぐように。
彼女に向けられる愛が不変のものであることを信じてもらうために。
何があっても、自分だけは母の味方なのだと。
例え今の身分や地位を失ったとしても、息子である自分だけは、あなたの側にいるのだと。
サベイル少年は繰り返し、母に話した。
「お前は本当に聡い子ね」
母は織機の前に座りながら、少年の頭を撫でる。
「お前は、少しお祖父さまに似ているわ。日本にいる、お祖父さまに……」
「なら、僕がお祖父さまの代わりに母上を守るよ。何があっても、僕は絶対母上のお側にいるもの。だからね。だから、母上……」
「なあに?」
「もう一人で泣かないって、お約束してくれる?」
「まあ」
絶句する母に、サベイル少年は母が泣いているのを盗み見ていたと正直に打ち明けた。
「そう。だから、こんなお話を母さまにしてくれたのね……。ありがとう、サベイル。ええ、そうね。母さまは少し寂しかったのだわ。お父さまやあなたがいて下さるのに、つい日本のことを思い出して……。家にいるのが嫌で飛び出したくせに、母さまはやっぱり日本が好きなのね。日本や、日本にいる、あなたのお祖父さまやお祖母さまが好きなんだわ。だから、少しね。ほんのちょっぴり、寂しくなってしまったのよ」
そう話す母は、今まで見せたことがないくらい、悲しそうな顔をしていた。
「ごめんなさいね。サベイルにも辛い思いをさせてしまったわね」
ふるふると首を振る少年に、母は微笑んだ。
「母さま、もう泣かないわ。あなたがいるもの。父さまがいるんだもの」
すると、サベイル少年はまた首を横に振った。
「泣いていいよ。母さま。泣くのを我慢しちゃだめだよ。僕も一緒に泣いてあげる。母さまが寂しくて泣いちゃった時は、僕も一緒に泣いてあげるから。だから、だから、もう一人で泣かないで」
母は少年を抱き寄せた。
そして何度も何度も「ありがとう」を繰り返した。
彼女はこの時から、本当の意味でこの世界で生きることを受け入れたのかもしれない。
愛する息子と寂しさを分かち合うことで、頼りなかった彼女の足元はしっかりとした地盤となり、そして『コウメさま』として国民から慕われる慈母となった。
心穏やかに、家族とこの世界を愛する。
その姿勢は、息子であるサベイル少年なくしてはありえなかったのだ。


