「……コウメさまは、日本に戻りたいと思ったこと、ないんですか?」

断定的に言うと、コウメさまは笑顔のまま首を横に振った。

「あら。思わない筈はないわ。故郷ですもの。父母や家の者はどうしているだろうって。でも、それ以上にわたくしには、この世界での生活が刺激的だったの」

コウメさまは言う。

華族の姫として、限られた環境、決められた習慣の中で生きることとが、如何に苦痛であったかと。

だが、ここではとても自由だった。

日々変化する生活がとても新鮮だった。

「わたくしは、ここに来て初めて、生きているのだという実感を得ることが出来たのです」

静かにそう話し終えたコウメさまは、とても綺麗だった。

顔の皺も、少し白髪の混じった髪も、全てが輝いて見えた。

と同時に、悠里は自分がとても惨めなものに思えてしまった。

「何か、見つけましょう」

唐突にそう言ったコウメさまに、悠里はキョトンとした顔しか返せなかった。

「ふふ。ユーリが夢中になれる物を探しましょう」

「わたしが、夢中になれる?」

「ええ、そうよ。わたくしは旦那さまへの恋に夢中だったでしょう?だからユーリも何か夢中になれることがあれば、ここでの生活も楽しいものになると思うの」

「はあ」

「あなた、何か趣味はある?」

「趣味……ですか?」

「ええ、そう。趣味」

「趣味……畑が、好きですけど……」

「畑?あら、いいじゃない、それ。さっそく始めましょう」

「でも、この国は作物が育たないって」

「あら、それは思い込みよ」

そう言うと、コウメさまは立ち上がった。

「コウメさま?」

「あなたに見せたいものがあるの。付いて来て」

そうしてさっさと歩いて行くコウメさま。

とても八十とは思えない脚力だった。

「あ、あの。テーブル、片付けないと……」

「侍女の仕事を取り上げないでね」

振り返ってみると、どこから現れたのか、数人の侍女が手際よくテーブルやいすを片付けているところだった。

「さすが、プロ……?」

「ふふ。こっちよ」

コウメさまは王宮の外れにある大きな邸の敷地に入って行った。

「ここが、大公でいらっしゃった、わたくしの旦那さまのお邸。今はわたくしが、ここの主です」

「は、はあ」

王宮の豪華さはないけれど、重厚で、立派なお邸だった。

コウメさま邸の中には入らず、そのまま庭の方へと回った。

そこで、すぐに、悠里はある物を見つけて足を止めた。

「コウメさま……」

「小さいながらも、楽しい家庭菜園。このくらいなら、大した知識がなくても出来るのねえ」

庭の一画に造られた、小さな畑。

そこには花々が先、数種類の野菜が出来ていた。