侍女頭が言い掛けた、その時、扉がノックされた。

そして、ゆっくりと開かれた扉の隙間から、アシュラムが入ってくる。

「あ……」

悠里は思わず声を上げていた。

先程までとは違う彼の姿に、大きく心臓が跳ねた。

アシュラムは神官のローブを脱ぎ、王子さまのような衣装に替えていたのだ。

白地に金銀の糸で縫い取りがしてある、王子さま服。

そして、彼の瞳の色と同じ色のマントを羽織っている。

長い髪は無造作に後ろで一つに束ねられ、神殿にいた時よりも精悍な印象を受けた。

(お、お、王子さまだ……)

物語に出てくる王子さまのイメージそのままの彼に、悠里はカメラとか携帯を持って来なかったことを激しく後悔した。

悠里の紅潮した顔を見て、アシュラムも心なし顔を赤らめた。

「王宮では、この姿で姫のお側にいますが、よろしいですか?」

見惚れて、ぼうっとしてしまう自分を叱咤して、悠里は「お願いします!」と深々とお辞儀した。

そんな悠里にくすりと笑うと、アシュラムは「では、参りましょうか」と言って、手を差し出した。

そこへ、侍女頭が横槍を入れた。

「何も殿下がエスコートなさらずとも……」

「何故?私は姫をお守りする為にお側にいるんだ。ヨハンナ。控えよ」

アシュラムの答えに、侍女頭はきりっと唇を噛んだ。

「姫は私が守る。心配しないで、お前は姫がここへ戻った時に、安らげるように配慮しておいてくれ」

侍女頭は瞠目し、それから恭しくお辞儀した。

「御意」

「ああ。頼む」

そして、もう一度差し出された手に、悠里は少し躊躇いながら自分の手を乗せた。

アシュラムが小さく笑んだ。ような気がした。

はっと気がつくと、彼の唇が悠里の手の甲に落とされていた。

慌てて引こうとする手を、アシュラムは強い力で引き止めた。

思いの外強い力にどうすることも出来ないまま、悠里は、アシュラムの長い睫毛が小さく震えるのを見つめていた。

ややして顔を上げたアシュラムは、悠里の真っ赤っかな顔を見てふっと微笑んだ。

頭に血が上ってしまった悠里には、微笑み返す余裕などない。

ふらふらと覚束ない足取りで、アシュラムに手を引かれて部屋を出て行った。