淀みなく話続けていたアシュラムは、そこで一旦口をつぐんだ。

引き込まれるように聞いていた悠里は、まだ現実に戻って来れないのか夢うつつの中にいるように見える

「姫?」

アシュラムの声にも反応せず、目の焦点が合っていない。

「姫。大丈夫ですか?」

アシュラムが悠里の目の前で手をひらひらさせても、それにも無反応だ。

どうしたものかと思案げに首を傾げるアシュラム。

その姿すら、まるで絵画に描かれた天使のように見え、悠里が正気であれば恐らく鼻血くらいは出していたかもしれない。

しかし残念なことに、悠里は茫然自失の体だった。

「姫!」

仕方なく、アシュラムは悠里の目の前でパチンと手を合わせた。

はっとして、ようやく焦点の定まる悠里。

「え?ア、アシュラムさん?」

「長くお話しし過ぎましたね。お疲れになったでしょう?」

労わるような薄青色の瞳に、強張ったままの悠里の顔が映っていた。

「い、いえ……。疲れてません。ただ……」

「ただ?」

「ただ、これって、私の見ている夢なんですよね」

それに対し、アシュラムはきっぱりと首を振った。

「いいえ。夢ではありません。これは、現実のことであり、姫は実際にこのディントに召喚されたのです。驚かれるのも無理はありませんが……」

(うん、分かってた。心の何処かで、これは俗に言う異世界トリップなんじゃないかって。
夢だの何だのと思い込もうとしていたのは、それを認めたくなかっただけ。だって、小説で書かれることが現実に起こるなんて、信じられないでしょ。
ん?でも、これって、いいんじゃない?ちょうど失恋しちゃって、何処かに行っちゃいたい気分だったし。ああ、でもずっと家に帰れないのも嫌だけど。どうなのかな。帰してくれるのかな。
ま、でも、今はとにかく嫌な失恋を引きずらなくてもいいとこに来たってことで大歓迎?それに稀に見るイケメンさんとお近づきになれるなんて、異世界でしか味わえない醍醐味だもん。ラッキー!っくらいに思わなきゃ、損だよ。損!)

こんなことを、瞬時に、そして短絡的に考えた悠里は、彼女にしては珍しく、随分前向きに、この状況を受け入れることに決めたらしい。

存外、人間が単純に出来ているのか。

大好きなファンタジー小説のおかげで、トリップに対する免疫が備わっていたことも一因かも知れないが。

かくして悠里は晴れやかな顔で、名も知らぬ果物に被り付いたのだった。