「ひどい……」

菜園は見る影もなく、めちゃくちゃになっていた。

ハーブの葉はちぎり捨てられ、良い感じに育っていた大根は掘り返されていた。

名も知らない野菜も、花が咲き、この先の結実を楽しみにしていたところだったのに。

それを、全て奪われてしまったのだ。

「どうして?誰が、こんな……」

何もなくなった畝の側に膝を着き、呆然とする悠里を慰めるように、アルバートが肩に手を置いた。

「今回は残念だったけど、やり直し、出来るでしょ?」

「……それは、そうだけど……」

それでも、結局種から芽が出ず、植え替えを繰り返したこととか、ようやく芽が出たのに、根腐(ぐさ)れを起こして植え直したこととか、いろいろな苦労の末にここまで来たことを思うと、憤りを感じずにはいられなかった。

「どうやら、男のようだな」

一人離れた場所で、地面を見ていたウリエルがそう言った。

「え?」

「この畝の上に足跡がある」

アルバートもそこへ行き、畝の上を見ると、確かに大きな足跡が残っていた。

「俺たちなら、ここを歩くような真似はしない。そんなことが平気で出来るのは、部外者だけだ」

「……ですね」

「じゃあ、やっぱり、ここに誰か来て、野菜を抜いて行ったの?ウリエルさんの領地なのに?」

「……おそらく」

「そんな……」

いったい、誰が、何の目的でこんなことをするのか。

(信じられない)

「とにかく、まだ食べられる野菜もあるだろうから、拾って、次のことを考えよう」

「ええ、そうですね。ユーリ。立てる?」

「……」

「ユーリ、しっかりして。これで終わった訳ではないんだよ」

アルバートのもっともな言葉に、悠里はそれでも頷くことが出来なかった。

「ある。それよりも、誰がこんなことをやったのか、調べないと」

「ユーリ。そうは言っても、見当が付かないだろ」

「俺も、もう一度、ここの管理体制を見直すから、今日は邸に帰ろう」

悠里は力なく立ち上がった。

「ウリエルさん……。ここに、誰が入り込めるんですか?貴族の領地に入って来る人なんて、いるんですか?」

「分からない。ここは領地と言っても、管理人を置いているだけで、俺が居住する屋敷がある訳でもないから。塀を巡らせてあるけれど、どこか入り込める場所があるのかも知れない。……ごめん。俺が、きちんと管理していないからだな」

「ウリエルさんを責めてるんじゃないんです。わたしはただ……心無い人がいることが悲しいだけで」

「……うん。そうだね。俺は管理人と話して帰るから、先に帰っておいて?」

頷いて、とぼとぼと歩き出す悠里に、アルバートは付いて行こうとして、思い直したようにウリエルを振り返った。

「ウリエルさん。僕も手伝いますよ?」

「とりあえず、ユーリを邸に」

「はい。そのあと、また戻って来ます」

「ああ。それより、君には市場に行ってもらおうか。新しい種を買いに」

「あ……分かりました。そうします」

「うん。よろしく」

菜園を出る二人を見送ると、ウリエルはもう一度、地面に目をやった。

「溝のない靴、か……」

それを追っていくと、真っ直ぐに小川の方へ向かっている。

嫌な思い出のある場所が目に入り、ウリエルは一瞬顔を曇らせたが、すぐに飄々としたいつもの表情に戻り、小川とは反対の方向になる管理人棟へと向かった。