「ディントは魔法の国だ。今さら畑仕事もないのではと思うがな」

「魔法だけではだめなんです!それは国王さまも仰っていたことですから。魔法だけでなく、本当の国の力を持ちたいと、国王さま思ってらっしゃるんですよ」

「ちょっと待て。貴様、国王の命でここに来たのか?」

「いえ、それは、少し違います。国王さまはわたしの出来ることで、出来る範囲で、ディントの為になることをして欲しいと仰っただけです。野菜を作ろうと思ったのは、王都と地方の格差を見てしまったせいもあるんです。王都はあんなに華やいでるのに、地方には不毛の大地が広がっているだけ。かと言って、わたしに何が出来るかと言ったら、野菜作りしかないので。だから……」

「貴様……召喚されたのか……」

マリュエルは掠れた声で、そう核心をついた。

「マリュエルさん、召喚って、知ってるんですか?」

「……ディントの魔法に、異世界から人を呼ぶものがあるというのは、まあ有名な話だ。……それだけではない。私の祖先にも、被召喚者がいるのだ」

「え?えええ!?」

「うるさい。そんなに驚くことか?」

「い、いえ。でも、じゃあ、どうしてマリュエルさんはディントではなく、リュールに?」

「さあ。細かい経緯(いきさつ)までは知らぬ。だが、祖先は刀鍛冶だったと伝わっている。ディントには鉄がないからな。鉄を求めて、このリュールまでやって来たのだろう。恐らく」

「刀鍛冶……。長船とか?萌える……」

「何が燃えるって?」

「い、いえ、別に」

さすがに、萌えの文化はまだまだ伝わっていないようだ。

マリュエルはふうと大きく息をついた。

「最初からその辺の事情を話してくれれば、こんな回りくどい事をしなくても良かったんだ」

「……でも、自分のやりたい事、もう一度見直せたから良かったです」

「うん……。私はもう、あちらの世界の血は薄くなってしまっているけれど。協力しよう。ユーリ」

「え。名前……」

「今日一日中、あそこに張り付いている男から聞いたのだ。まったく、鬱陶しい事、この上ない」

マリュエルの視線を追って見れば、屋根裏に続く穴から、ウリエルの顔だけが覗いていた。

「ひっ」

顔を引きつらせた遊里に、「あ、ひでえ」と口を尖らせるウリエル。

それからウリエルは穴の淵に手を掛けると、宙返りをするように下に下りて来た。

「ウリエルさん……。いつから、あそこに?」

「え?ユーリ、やっぱり気付いてなかったんだな。俺、最初っから、あそこにいたぞ」

なら、振り向いて道端にいなかった時には、もう天井裏に忍び込んでいたのだ。

「必死なお前。可愛かったな」

「か、可愛かったじゃありません!わたし、本当に崖っぷちだったんですよ!!」

その時涼やかな笑い声が土間に響いた。

マリュエルが笑っている。

年相応な、朗らかな声で笑っている。

それにつられて、悠里も笑った。

思えば、この世界に来て初めて、腹の底から笑った気がした。